第282話 奇妙な足音

 暗く、先の見えない階段をゆっくりと下る。

 自分たちが今どこにいるのか不安になるほどの暗闇。

 打ち付ける波の音と三人の足音だけが、鼓膜を揺らす。

 一段ずつ、ゆっくりと、時間をかけて下っていく。

 慎重になっているのか、はたまた足元が覚束ないだけなのか。

 会話すらない三人の表情は、おそらく硬くなっていることだろう。


 ……コツ、コツ、コツ、コツ。


 反響する足音。妙に響き渡るその音が耳に残る。


 ……コツ、コツ、コツ、コツ、カッ。


 ……コツ、コツ、カツ、コツ、コッ、カッ。


 ……コツ、コツ、カツ、カッ、コツ、コッ、カツ、ザッ。


「……おかしくない?」

「……ええ、おかしいですね」

「……さすがに気になるよなぁ」


 不意に立ち止まる三人。

 足音が消え、波音だけが暗闇に響く。

 三人は無言で手を繋ぎ、離れないよう近寄り再び歩き出した。


 ……コツ、コツ、コツ、カッ、カツ、ザッ、ブニュ、コッ、ザリッ。


「増えてる……」

「明らかに人の足音ではないものもありますね」

「……やっぱり確認するべきじゃないか?」


 アイトが振り返ろうとしたのを、煉が無理矢理止めた。

 アイトの首が変な音を発したが、今は気にしている場合ではない。


「やめた方が良いって……。こういうのと目を合わせるのは良くないと思う」

「わ、わかったが、ちょっと待て。今、変な音したぞ? 無理矢理首を捻るほうが良くないと思うのだが……」

「それより、どうするんですか? このまま気にせず進めるほど、肝は据わっていないですよ、私」


 こそこそと作戦会議を行う三人。

 彼らが足を止めている時、奇妙な足音も歩みを止めているという、何とも不思議な状況。


「……こういうホラー耐性はあまりないんだけど」

「わ、私も、こういうのは苦手で……」

「こういうのは大抵正体がわからないから、余計に恐怖を感じるんだ。ここはやっぱり確認するべきじゃ――」


 突然、奇妙な唸り声が響いた。

 イバラが、ヒィッ! と声を上げ近くに立っていた煉にしがみつく。


「れれれ、レンさん!? なんか冷たい……」

「え? 俺こっちだけど。イバラさん、どこにいるんだ?」


 人一人分離れたところから煉の声がした。

 では、イバラがしがみついた人物は……。


「あ、アイトさん……?」

「ん? イバラちゃん、俺ならこっちだぜ」


 アイトはなぜかイバラの後ろに立っていた。

 姿は見えないが声だけが背後から聞こえる。

 下るたびに広がる階段だったため、三人は次第に並んで一段ずつ下りるようにしていた。

 イバラを真ん中に置いて、男二人で挟むように。

 それを思い出し、三人の頭にはてなが浮かぶ。

 今、イバラがしがみついているのは……煉とイバラの間にいつの間に入ってきたこの人物は誰なのか。

 痺れを切らしたアイトが、イーリスを抜く。

 精霊聖剣イーリスの刀身は、常に眩い光を放っている。その光が三人を包み込む暗闇を払った。

 そして自分たちの置かれている状況をようやく理解する。

 イバラがしがみついていたのは、東洋の白い着物を纏う黒髪の美女。異常な肌の白さと生気の感じられない体温がより妖しさを感じさせる。


「え、えーと……誰、でしょうか?」


 美女がニコリと笑った瞬間、足元が凍り付き、階段を覆うように氷のスロープが作られた。


「「「――へ?」」」


 滑る足場に急斜面。必然的に三人の結末は決まった。


『――あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 三人は抵抗することもできず、階段を滑り落ちていった。

 その最中、上を見上げた煉が目にしたのは、美女の後ろから姿を現す異形の軍団。

 一瞬の事であったが、それが何なのか理解するのに時間はかからなかった。


「……妖怪、それも百鬼夜行が、なんでこんなところにぃ……」





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