第281話 熾天使の心

「……ラミエル?」


 聞き覚えのない天使の名前に、私は聞き返した。


「元十二熾天使の一柱よ。愚かにも神へ反抗し、天上世界を追放された私の同士。引きこもりの私だけど、これでも友人と呼べる天使の一人いたのよ」


 それは意外。彼女は他の天使と交流を持たないことで有名だ。

 本当に大事な会合以外では、滅多に姿を見せない。

 そんな彼女にも友人がいたなんて。


「それより、ラミエルのところへ行きましょう。追放された彼女は、数年間ここで力を蓄えているそうよ」

「熾天使とは言え、追放されたのなら力を失っているのでは?」

「ええ。当時の半分も力を持っていないわ。しかし、彼女を人間に戻すことを神はしなかった。その理由が分かる?」

「人間に戻さない、理由……?」


 熾天使は、強い人間を元に神の力を与えられた存在。

 力と引き換えに、人間の時の記憶を失っているとガブリエルは言っていた。

 追放し、神への反抗を阻止するのなら与えた力を戻すはず。しかし、半分しか残っていないとしても、力自体を失ってはいない。

 では、なぜ?


「答えは単純よ。貸し与えた力を返し、人間に戻れば失った記憶が元に戻る。それも――天使の時の記憶を残したまま、ね」

「!?」


 そういう、ことか。

 力を失った熾天使は人間に戻る。その結果、人間としての記憶が戻る。

 その上、天使としての記憶も残り続けることになる。

 熾天使ともなれば、神の御前に赴くこともある。神の姿をその目でしかと見ているのだ。

 我ら熾天使は、神の真実を知っている。

 狂信的な信仰心により、我ら熾天使は神に付き従っているが、人間に戻ってしまえばその心は失われ、神という存在に疑いの目を向けることになるだろう。


「理解した? 私たち熾天使は神の駒であり、神の真実を知る者でもある。そんな存在を野放しになんて、あの神たちはできないでしょう。だから、ラミエルは力を半分残し追放された。それでも神への信仰心は薄らぐけどね」

「……私たちは、どうなのでしょう。未だ神の力は健在です。神への信仰心もあります。ですが……」

「一度疑いを持ってしまえば、心に闇が生じる。その疑いを晴らさない限り、心の闇は常に広がっていく。いつか、その闇が私たちの信仰心を覆い尽くすことになるでしょうね。神は……自分の駒に疑われているなんて思っていないのだから」


 絶対的な神の御言葉がない限り、私たちの抱える疑いの心が晴れることはない。

 言外に、そう告げられているような気がした。

 そして、神は自分たちが疑われているだなんて欠片も感じていない。

 神が私たちの疑いの心を晴らすことなんてないのだ。

 私の心の中は荒れ狂っている。

 神へ忠誠を誓ったはずなのに不誠実ではないかと思う心。その反面、偽りの神に支配されている世界を正すのが天使としての役目ではないかと思う心。

 どちらが正しいのかなんて、私には判断できようもない。


「こういう時、天使と言うのは不便ね。人間であれば、自分の心に従って行動するのだろうけど。私たち天使は、善悪をはっきりさせなければ、行動すら起こせないなんて。だからこそ、私たちはここに来たのよ。彼女に会えば、何かが変わるかもしれないから」





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