第280話 誘導

 中央の階段への道を開くために必要なモノを確認した三人は、その場から離れ、漂着した海岸から最も遠い神殿へとやってきた。

「蒼鉱の洞窟」同様、張りぼての壁の内側に地下へと続く階段がある。

 その階段のすぐ側に、小さな立て看板が取り付けられていた。

 看板には薄く色褪せた文字で「妖の海溝」と書かれている。


「文字から察するにこれはおそらく、海妖の血晶が置いてありそうだな」

「……先ほどから思っていたんですけど、私たち誘導されてませんか? 看板の文字を見て気が付きました」

「文字? 時間が経って薄く消えかけてはいるが、気になることなんて」

「時間が経っているように見えますけど、これ現代文字ですよ。要するに……この死界を攻略しようとした、もしくは攻略したことがある人物がいるかもしれない、とは考えられませんか」


 イバラにそう言われ、アイトはハッとなる。

 これまで攻略してきた死界の記憶を辿っていくと、確かに死界の中で目にしたものは、大体古代文字が使われていた。

 死界とは、神に支配される以前より存在する危険地帯のこと。現代文字は神によって制定された共通の言語だ。

 それを踏まえると、この死界を踏破したかもしれない人物の痕跡が残っているということになる。

 ジャングルの中で、あからさまに違和感を感じさせる張りぼての神殿、五つの階段、死界で生活する住人の存在、他の死界と比較すると、明らかに人の手が加えられている。


「じゃあ、その誰かってのは俺たちにこの死界を攻略させようとしてるってのか?」

「そうとは限りません。もしかすると、この誘導自体が罠という可能性も」

「……とにかく、行ってみればわかることじゃないかな? 罠という可能性も頭に入れつつ、必要なものを揃えよう。いちいち考えて足を止めてたら、時間がもったいないしね」


 軽い口調でそう言うと、煉はひとり階段を降り始めた。

 灯りもなしに、真っ暗で急な階段を下りるのは危ない。

 イバラとアイトは慌てて煉の後を追った。




 ◇◇◇




「――っ! ここは……」

「目が覚めたみたいだね。ここは七つの死界の一つ『絶海の龍神殿』。神ですら観測できない危険地帯だ」


 目を覚ますと私は、真っ白な砂浜の上で仰向けに横たわっていた。

 記憶では、巨大な渦潮に呑み込まれ荒れた海の中をあてもなくさまよっていたはず。

 それがどうして、このような穏やかな島に流れ着いたのだろうか。

 青く澄んだ海に波風は立たず、白く美しい砂浜に一切の濁りはない。

 照り付ける太陽からの暑さも感じることなく、私の心すら目の前の海のように凪いでいた。


「……? 日差しの暑さを感じない?」

「それはそうさ。あれは疑似太陽。とある海の底に作られた神殿の中で輝く偽物だからね。眩しいだけで暑くはない。そしてここは神殿内だから、風も吹かない。

 常に穏やかな海に囲まれ世界から隔離された、まさしく楽園と言える地だ」


 世界にそのような場所が存在していたとは。

 我らが神ですら、この地を観測できないと言っていた。

 何者にも侵されることが無い。ガブリエルの言葉通り、楽園そのものだ。


「それで? そろそろここに来た目的を教えてください」

「決まっているだろう。私たちと心を同じくする者に会いに、だよ。たった一柱で偽りの神に反旗を翻そうとする、愚かな天使――ラミエルにね」






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