第279話 ミカエルとガブリエル

『蒼き瞳、龍の髭、海妖の血晶、清き涙の欠片を持ちし者にのみ、道は開かれん』


 ジャングルの中心、ひと際大きく存在感を放つ張りぼての神殿。

「蒼鉱の洞窟」とは違い、中に階段らしきものは見当たらない。

 どこかに何かないかと三人が探していると、イバラが張りぼての壁に刻まれている言葉を見つけた。


「……なんだよ、これ」

「おそらく何らかの素材だとは思いますけど……聞いたこともないですね」

「ああ。なんとなくどんなものかは想像できるが。それでも、これを集めてこいとは、結構な無理難題だな」


 そうしてイバラとアイトが二人、頭を悩ませていると、煉はひとりでジャングルに戻ろうとしていた。


「れ、レンさん!? 一人で動かないでください! 危ないですよ!」

「何を集めればいいか分かったんだ。考えるより動いた方がいいでしょ」

「そ、それはそうだが……」


 煮え切らない態度でいると、煉はすたすたと歩いて外に出てしまう。

 二人は慌てて煉の後を追った。


「もうっ。勝手に行かないでください。今のレンさんでは魔獣と戦えないんですからね」

「わかってるよ。ただ、時間は有限だ。効率的に使わないとね」


 話し方や雰囲気は、以前の煉と全く別物だった。

 しかし、その思考や行動力は相変わらず。

 それが少し嬉しく、どこか悲しくも感じる、イバラだった。




 ◇◇◇



 真白の翼をはためかせ、一柱の天使がとある海の上を高速で飛んでいた。

 まるで海と同化しそうな蒼き髪。この世の者とは思えないほどの美しい容姿。

 多くの天使の中で、誰よりも神に愛された熾天使――ミカエル。

 そんな彼女の表情から、焦燥を感じられる。

 彼女の呟いた声は、隣を飛翔する銀の熾天使に拾われた。


「……こんな時に面倒な……」

「さっさとやっつけちゃおうよ。私たち急いでいるんだからさぁ」

「私もそうしたいのですが、如何せん数が多すぎます。ガブリエル、貴女足止めしてくれませんか。少し時間をいただければ、殲滅できます」

「それはダメって言ってるじゃない。その魔法は神から与えられたもの。それを使うということは、神に身を捧げることと一緒。より天使として完成に近づいてしまう。そうなったら、私たちはもう戻れなくなるってね」

「ですがっ……!」


 ミカエルは後方に視線を向ける。

 背後から迫りくる影。蝙蝠のような翼ではばたく異形の存在。

 神に仇なすもの――悪魔。

 神の力で異界に封じられた悪魔は、自力で世界に顕現することはできない。

 故に、悪魔を召喚した術者が近くにいるということだ。

 しかし、ミカエルとガブリエルを追いかけてくる悪魔の数は異常。

 人一人の力で呼び出せる数ではない。

 複数の術者、もしくはそれに類する未知の魔術。

 そんなことを為せる存在に思い当たるものがあった。


「……魔族の将を相手に逃げおおせることは難しいでしょうね」

「しかし、あれを討滅できるほどの魔法の使用もできない。さて、どうしたものかな」

「随分と暢気ですね」

「まあ、もうすぐの海域だし」

「あの子……?」


 あの子とは誰か、問おうとしたその瞬間。

 突如天候が荒れ始めた。

 激しく降り注ぐ雷雨に、目を開けることすらままならない。

 吹きすさぶ嵐の影響で、真っ直ぐ飛ぶことすら困難だ。

 しかし、それは悪魔も同じだった。

 そして、困惑するミカエルと悪魔の間の海に、巨大な影が浮かび上がってきた。


「あ、あれは一体……」

「どうやら、お迎えが来たみたいね。私たちは何もしなくてもあの子の下へ行けるわ。それに……あいつらも追い払ってくれる」


 ガブリエルがそう言うと、不思議な声と共に、二柱の熾天使は空を飛んでいるにもかかわらず、巨大な渦潮に呑み込まれてしまった。

 呑み込まれる寸前、ミカエルが見たものは、超巨大な蛇が雷を操り悪魔を一匹残らず消し去る瞬間だった。




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