第276話 発見

 アイトの興奮冷めやらぬまま、三人は長い階段を上がり、張りぼての神殿まで戻ってきた。

 相変わらず屋根はなく、燦燦と輝く太陽の光に目を細める。

 この地には一切夜は訪れない。太陽は沈むことなく、一日中ずっと島を照らし続けている。

 アイトの見解では、この死界の太陽は本物ではなく、何らかの魔法もしくは魔道具によってつくられた疑似太陽ではないか、と。

 どのような意図で作られたかまでは推測も立てられないが、「蒼鉱の洞窟」で生活している現地民は、沈まない太陽に興味すらないらしい。


「――それで? 面白いものとは、その沈まない疑似太陽の事ですか? それがレンさんを元に戻すのと何か関係あるのですか?」

「あ、いやぁ……疑似太陽については特に関係あるわけじゃないです……はい……」


 イバラの迫力に負け、アイトは叱られた子供のようにしょぼくれる。

 煉の記憶と関係ない話と聞いたイバラは、大きくため息を吐いた。

 そんなことのために、わざわざ長い階段を上らせたのかと。

 煉のことがあり、少々気が立っているようだ。


「いや、本題は別にあるんだよ! ほ、本当だから、イバラちゃんもそんな怖い顔しないでさ……な?」

「別に、いつも通りですが」


 明らかにいつも通りではないだろう。

 そう思うアイトだが、口にはしなかった。

 沈黙が流れ、気まずい空気を察した煉がイバラに声をかける。


「ま、まあ、アイトさんの話を聞いてみるのもいいと思うよ。イバラさんも俺の事をそんなに気にかけなくても……」


 煉がそう言うと、イバラは少し悲し気な表情を浮かべた。

 何故そんな顔をするのか分からない煉は、首を傾げる。

 激情に駆られ今にも逃げ出したいと思うイバラだが、唇を噛みしめ何とか思いとどまり、深呼吸をすると意識を切り替えた。


「はぁ……。アイトさん、見つけたという面白いものとは?」

「あ、ああ。少しこのジャングルの中を歩いた先にあるんだ」


 アイトは懐から小さな銀の鈴を出すと、自ら先頭に立ち歩き始めた。

 凛と涼やかな音を奏でる鈴を鳴らしながら、二人を先導しジャングルを進んでいく。

 現地民であるユウ少年の話では、ジャングルの中には危険な魔獣が生息しているという。

 あらかじめ作られた道以外では、確実に魔獣に襲われるらしい。

 しかし、アイトはその作られた道を進んではいない。それにもかかわらず魔獣が襲ってくる気配はない。


「……ユウさんの話では、魔獣が居るそうですが」

「ああ。魔獣ならそこら中にいるぜ。木の上とか茂みの奥とかな」

「なら、どうして襲ってこないのでしょうか……?」

「その秘密は、この鈴さ」


 アイトは見せつけるように鈴を掲げ音を鳴らす。

 鈴が一体何を。そう思ったイバラは不思議そうに鈴を見つめる。

 良く目を凝らして見ると、音が鳴った瞬間、鈴から何か波紋のようなモノが発生しているのが見えた。


「……魔力、ですか?」

「正解。これは『魔避けの鈴』って言ってな、音を鳴らす度に魔獣が嫌がる魔力を発生させるのさ。そうすることでこの鈴を起点に、半径五メートルは魔獣が近寄らなくなるってわけだ。便利だろ? クレア先生と作ったんだ」


 リヴァイアの街で、クレアの工房に籠っていた時に作成した、オリジナルの魔道具である。

 自分でも驚くほど会心の出来で、アイトは披露する機会を窺っていた。

 煉が側にいるのであれば強力な魔獣であれ、気にすることはないと思っていたのだが、今の煉では魔獣に襲われてはひとたまりもないだろう。

 こんなすぐに披露することになるとは思っていなかったが、「魔避けの鈴」を作っておいてよかったと思ったアイトだった。


「おっと。着いたぜ」

「え? あれって……」


 アイトの示した先には、見覚えのある石造りの建物。

 自分たちがいた張りぼての神殿と同じものがそこにはあった。


「これと同じものがあと三か所ある。どれも俺たちがいた所と同様階段があった。まだ階段を下りたわけじゃないが、死界攻略に一歩近づいたことには間違いないだろうな。煉に頼りきりなだけじゃなく、俺だって煉のために出来ることはある。イバラちゃんもそうだろう?」


 そう言ってアイトは不敵に笑った。

 その笑みが、どことなく煉に似ているとイバラは感じたのだった。









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