第275話 喪失
煉が目を覚ましてから数日間、煉の脳に刻まれた魔法陣の解析と並行して、煉の記憶を刺激すべく、イバラは出会った日からこれまでの旅について語り聞かせていた。
「へぇ……魔法があって魔獣がいるなんて、ファンタジーだな」
当の煉は、どこか他人行儀な様子で聞いていた。
自分が行ったという記憶がないせいか、実感が湧かないのだろう。
それでも、まるで小説を読んでいるかのように、イバラの話を楽しそうに聞いていた。
「でも、本当に俺がしたのか? 侯爵とかいう偉い人と戦ったり、ドラゴンと戦ったり……なんでそんな危ないことばっかりしてるんだ、俺は」
「二割くらいは成り行きでそうなっただけですが、大抵のことはレンさんが自分の意志で戦っていました」
「そうなのか。俺って意外と熱血漢だったりするのかな」
「それは無いですね。レンさんの行動原理は誰かのためではなく、自分の意志を貫いただけ。あなたがそうしたいと思って行動した結果ですから。まあ、それが誰かのためになっているのは間違いないのですが。……普段のレンさんは、宿から一歩も出ずベッドの上でグーたらと一日を過ごす怠け者ですよ」
イバラは、宿で惰眠を貪っている煉の姿を思い浮かべ、記憶の無い煉にジト目を向けた。
煉がやる気なく宿に引きこもり始めると、最低でも三日は外に出ないことがある。
そうなった煉を外に引きずり出す大変さを思い出したようだ。
イバラの視線には、普段からしゃんとしていてほしいという想いが込められていた。
そんな目を向けられた煉は、無意識に謝罪の言葉を口にする。
「え、なんかごめん……」
「いえ、謝ってほしいわけではなく……今のレンさんに謝られてもあまり意味はないと言うか、その……」
謝られたイバラは、なんとも歯切れの悪い返事をしてしまう。
ジト目を向けられた理由もわからない煉から謝罪されたことに、困惑していた。
だが、こうして煉のゆっくり話をしていることを、楽しく感じたイバラはふと思う。
――どうして記憶を失くしてしまったのだと。
そもそもの話、不思議に思っていた。
漂流した三人のうち、なぜ煉の脳にだけ魔法陣が刻まれたのか。
誰が、何のために、煉の記憶を奪ったのか。
煉が記憶を失うことで、何の意味があるのか。
考えても答えは出ない。
圧倒的に情報量が少ないのだ。
故に、自分の行動に迷いが生まれる。これからどうすればいいのか。
いつも煉の背中を追っていたイバラは、ここに来て初めて進むべき道を見失った。
煉の行く道が、イバラの進む道だった。
こんな展開を想定してはいなかった。煉の前では気丈に振舞っていても心には不安が募っている。
振り払えぬ不安に押しつぶされそうになったイバラの表情は暗い。
心にぽっかりと穴が空いたようで、恐怖すら感じている。
そうして黙り込んでしまったイバラを心配した煉が声をかけようとしたとき、バンッ!と勢いよく部屋のドアが開かれた。
「――み、見つけた! 面白いもの、見つけたぞ!!」
興奮気味で、息を荒げたアイトが、部屋に飛び込むなりそう叫んだ。
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