第272話 現地の少年
イバラとアイトは、漂着した経緯を思い返しながら、煉が目を覚ますまでその場に留まることにした。
穏やかな波の音が時間の流れを遅く感じさせる。
そうしてのんびりと待っていたのだが、いつまで待っても煉が目を覚ます様子はなく、徐々に二人の心に不安が募っていく。
「……だ、大丈夫でしょうか」
「呼吸はしているみたいだし、心配ないとは思うんだが……こいつが起きないと何故か不安になるな……」
もしこのまま目を覚まさなかったら……そんな想像がイバラの脳裏に過る。
そして募りに募った不安が、イバラの行動に表れ始めた。
ふと立ち上がると、落ち着きのない様子で横たわる煉の側を歩き回る。
さらに、煉の心臓の鼓動を確かめてはそわそわと同じように動き回り、そんなことを繰り返し無為に時間だけが過ぎていく。
その不安は伝播し、時間つぶしに魔道具を弄っていたアイトも、煉の様子を確認しては同じ魔道具を何個も作成してしまう。
気づけば、煉の周囲の砂浜にはイバラの足跡が刻み込まれ、その外側をアイトが作成した大量の魔道具が囲むように並べられていた。
「……何やっているのでしょうか、私たちは」
「……一旦落ち着こう。こんな穏やかで綺麗な海が目の前に広がっているんだ。眺めながら深呼吸でもしよう」
そう言って、イバラとアイトは海に向かって並び立ち、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
落ち着いたことで思考がクリアになったアイトは、あることに気づき声を上げた。
「そう言えば、ソラはどうしたんだ?」
「……忘れてました。呼びましょう」
三人が船に乗り込んだ時、ソラは一緒にはいなかった。
イバラが作った魔法によって、別の空間で待機させていた。
海の中に入る可能性を考慮し、あまり濡れるのを嫌がるソラのためにわざわざ作ったのだ。
見知らぬ場所に漂着した衝撃と煉が目を覚まさないことによる不安で、そのことをすっかり忘れてしまっていた。
イバラが小さく何かを呟くと、地面に魔法陣が描かれ光と共に巨大な白狼が現れた。
「ソラ、ごめんなさい。呼び出すのが遅れてしまいました」
イバラがそう言うと、ソラがみるみるうちに大型犬サイズまで小さくなり、尻尾を振ってイバラにじゃれつく。
青い海に青い空、白い砂浜を眩く照り付ける太陽の下、大きな飼い犬と戯れる鬼の美少女。
その光景がまるで優雅なバカンスのようだと、アイトはほっこりとした気持ちを堪能していた。
「いやいや、そんなことよりどうしたもんか……」
頭を振って思考を切り替えたアイトは、もしもの時に備えこの場から抜け出すために何ができるかを考えた。
辺りはごみの一つも落ちていない白い砂浜、波すら立っていないのではないかと思うほど穏やかな海。
そして後方にあるジャングル。木を伐採し小さな船を作って海に出るか。
単純に考えれば、海に浮かぶ巨大な門が出入口なのだと推測できるのだが、ここは死界。
そう単純にことが運ぶとは思えない。
その上、三人とも航海についての知識はなく、たとえ門から外に出られたとしてその先の海を超えられないだろう。
どれだけ考えても、煉が起きないことには次の対策が決められない。
そう思った時、アイトは気づいてしまった。
「……レンがいなけりゃ何もできない、ってか? 馬鹿か俺は」
これまで、自分はどれほど煉を頼っていたのか。
自分にできることはあると思っていながら、結局煉の意志についてきただけだったのだと悟ってしまったアイトは、肩を落とした。
「アイトさん? どうかし――」
肩を落としげんなりしているアイトに、声を掛けようとしたその時。
ソラが唸り声を上げると共に、後方のジャングルでガサガサという物音を耳にした。
二人は音の発信源に視線を向ける。
茂みの奥から姿を見せたのは、十歳くらいの小さな少年だった。
上半身裸で短パンにサンダルを履いた少年は、イバラたちの様子を窺うようにおずおずと近づいてくる。
いくら少年とは言え、ここは死界。罠だということも考慮しイバラとアイトは警戒心を露わにし、煉を守るようにそれぞれ武器に手をかけた。
「あの……もしかして……」
「それ以上近づかないでください。……あなたは何者ですか?」
「ぼ、僕は……この島?で暮らしてるんだけど……」
「ここで暮らしてるって? おかしなことを言うガキだな。人が住んでるようには見えないが」
「ひぅっ! こ、ここからじゃ、見えない場所、だから……。そ、それより……お兄さんたちは、もしかして漂流者……ですか?」
確かに少年の言うように、漂流者であることに間違いはない。
少年からの問いに、二人は視線を合わせ頷く。
すると、少年はパアッっと表情を明るくし、喜色満面の人懐っこい笑みを浮かべた。
「僕らと同じだぁ! そっちの倒れてるお兄さんは大丈夫? もしよかったら僕らの住処に案内するよ! 僕はユウ。心配しないで。お兄さんたちみたいな冒険者の人もたまに流れ着くことがあるんだ! みんな助け合って生活してるんだよ!」
ユウと名乗った少年は、そう笑顔で言う。
あまりの純粋な笑顔に、呆気にとられた二人は警戒心が薄れてしまった。
いつの間にかソラも大人しくなっている。
ユウという少年は、何の悪意もなく自分たちを心配しているのだと理解した。
しかしながら、心のどこかで罠という可能性も捨てきれてはいない。
だが、困っていることに間違いない。
しばし相談した二人は、ある程度警戒心は持ちつつも、ユウの提案を受けることにした。
「よかったぁ。それじゃ、ついてきてね。このジャングルには危険な魔獣がいっぱいいるし、道が複雑なんだ。慣れるまでは一人で行動しないようにね」
「それじゃ、ユウたちは何処で生活してるんだ?」
アイトが訊ねると、ユウは含みのある笑みを浮かべ告げた。
「僕たちはね――地下に住んでるんだ!」
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