第270話 次への道標
リヴァイアを賑わせた一大イベント、Sランク昇格試験も終わり、訪れた賓客たちも自国へと帰ったことで、街は元の日常へ戻った。
そんな活気あふれる街から出るため、コノハは晴々とした表情で街の正門へと歩いていく。
門を抜け走って帰ろうと足に魔力を集中させていると、後ろから声がかかった。
「――もう行くのか?」
振り返ると、外壁に寄りかかって立つ煉の姿。
コノハは彼がここに来ていることを察していた。
何も言わずに去ろうとしたコノハだが、声を掛けられて無視するわけにはいかない。
「早く帰って、お師匠に稽古つけてもらわないとだからね。お兄さん言ったでしょ? ウチはもっと強くなれるって」
「そうだな。『一度敗北を経験した人間は必ず強くなる』って俺の師匠が言ってたからな」
「……ウチの師匠も同じこと言ってた。師匠以外に負けたことないから意味は分からなかったけど、今なら分かるよ。ウチ、次はぜーったいに負けないもん!」
コノハは空を見上げ、そう告げた。
「何度だって相手してやるよ。ま、次も同じ結果になるだろうけどな」
「む~。そんなことないもん。次はウチが勝つんだからね♪ 足洗って待ってるんだね!!」
「……首だろ。足洗えって……冒険者引退しろってか?」
「あれ? まあ、どっちでもいいよ! お兄さん、ウチに負けるまで誰にも負けちゃダメだからね! 約束だよ」
「はいはい、わかりましたよ」
二人は拳をコツンとぶつけ、笑い合った。
そしてコノハは大きく手を振りながら、走り去っていった。
「それじゃ、行くよ。まったね~!」
笑顔で去って行くコノハを、煉はただ見守っていた。
もし自分の日常に妹がいたら……。
そんなことを想像して、煉は笑った。
煉が一人笑っていると、頭上に影がかかった。
「レンさん、こんなところにいたんですね。リル様が街を離れる前に一度レンさんとお話ししたいと呼んでますよ」
「ああ、イバラか。ちょっと寄り道していくから、先に行っててくれ」
「はーい。あ、アイトさんはしばらくクレアさんの工房に籠るみたいです。一週間くらい時間を欲しいって言ってましたよ」
「そうか。じゃあ、一週間はこの街でゆっくりするか」
杖に跨って飛び去って行くイバラを見送った後、煉も街の中へ戻って行った。
◇◇◇
「それで、話ってのは?」
領主館で間借りしているリルの下へと来た煉が訊ねる。
応接間にはリルと煉の二人のみ。
庭ではイバラとナナキがソラと遊びまわり、サイラスがそれを見て微笑んでいた。
「これまでの感謝とこれからのことでいろいろと……。一度ゆっくりお話ししたかったので」
「そうか。とりあえず王都に戻るんだろ?」
「はい。王都に戻り、一度お父様とじっくり話し合いたいと思います。お兄様たちが罪を犯してしまった今、王位継承権を持つのは私と幼い従弟のみですので。女王にはなりたくないので、お父様には従弟が大きくなるまで頑張っていただこうかと」
「王様の年齢は知らないが、結構な我儘だな」
「今まで我儘の一つ言ってこなかったので、これくらいは可愛らしいものでしょう」
澄まし顔でそう言うリル。
その表情を見て煉は感心していた。
「ははっ。王女さんも随分とたくましくなったな」
「ええ。アグ……レン様のおかげです。貴方との出会いが私を変えてくれました。本当に感謝しております」
「大袈裟だな。それじゃ、気を付けて帰れよ」
「問題ありません。王都までの護衛にウリン様とヨミ様を雇いました。お二人がいれば道中も安全でしょうから」
「ああ……あいつらが喧嘩しなければな」
顔を合わせると喧嘩をしていたウリンとヨミを思い浮かべ、二人は苦笑した。
リルは紅茶に口をつけ、一息入れると真剣な眼差しで煉を見つめた。
「イバラさんから聞きました。『絶海の楽園都市』に向かうそうですね」
「ああ。どうやって行くかはまだ知らないが、次の目的地はそこだ」
「『七つの死界』の一つ。神の怒りで沈められた海底都市……でしたね。かの地は自力で行けるような場所ではありませんよ。大時化で難破した船が辿り着くと言われます。そんな場所へ行くなんて……」
「その死界を攻略するのが俺の旅の目的だからな。危険なのは承知の上さ」
「……でしたら、これをお持ちください」
そう言って、リルは首から下げていた大きなアクアマリンのネックレスをテーブルの上に置いた。
「これは?」
「イバラさんから話を聞いた夜、私の魔眼にてぼんやりとした未来を視ました。大荒れの海の上で逼迫しているレン様たちのお姿。その時、首から下げていたこの宝石が一筋の光を放ったのです。もしかすると、このアクアマリンが道標となるのではと思い、是非お役立ていただければと」
「……なるほど。そう言うことならありがたく。無事戻ってまた会った時、これを返すよ」
「そうですね……絶対ですよ? 生きて……私の下へそのアクアマリンのネックレスを返しに来てください。約束ですからね」
リルはどこか含みのある笑みを浮かべそう言った。
その笑顔の意味に、煉が気づくことはなかった。
そして、窓の外でハンカチを咬み血の涙を浮かべているナナキ、呆れ顔でため息を吐いているイバラ、生暖かい微笑みを浮かべているサイラスたちにも、煉が気が付くことはなかったのだった。
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