第269話 昇格

 武闘大会が大盛況で幕を閉じた翌日。

 煉はガイアスに呼び出され、ギルドマスターの執務室に足を運んだ。

 執務室にはヨミとウリンの姿もあり、どこか不機嫌そうにソファに座っていた。


「なんだ。お前らも呼ばれてたのか」

「当然じゃない。私が昇格できないとかありえないものぉ」

「おい、レン。今回は負けたが、次は絶対に負けねぇ。覚悟しておけよ」

「はいはい、今度な」


 煉はグルルと唸っているウリンを軽くあしらい、二人の向かいのソファに腰掛けた。

 するとタイミング良くアリシアが、煉の前に紅茶を置く。


「ありがとうございます、アリシアさん」

「いえ。昨日はお疲れさまでした。クレアが珍しく感心してましたよ」

「そうなんですか? 何も言われませんでしたけど」

「クレアの事だから、照れているんですよ。そうそう……コノハちゃんは大丈夫でしたか?」

「ああ、あいつは……」


 試合直後、満身創痍で座り込んだ煉の目の前で突然コノハが吐血した。

 神気の長時間使用に体が付いていかなかったようだ。

 無理をしたコノハはその場に倒れ込み、イバラの回復魔法を受けながら治療院に運ばれていった。

 ボロボロの体の治療は済み、今なおベッドで眠っているとイバラから聞いていた。


「大丈夫ですよ。テンション上げ過ぎて無理しただけですから」

「そうなんですか? それなら、目を覚ましたらお見舞いに行ってみますね」

「――……申し訳ないんだが、そういう話は後にしてくれ。今は試験の」

「大事な話を遮るなんて……少しは空気を読んでほしいですね、ギルドマスター」


 アリシアに睨まれ、ガイアスは口を噤んだ。

 しかしアリシアが話の続きをすることなく、「失礼します」とだけ告げ部屋を出た。


「……はぁ」

「ハハッ。相変わらずアリシアさんには頭が上がらねぇみたいだな」

「いくらギルマスでも、アリシアさんには勝てないわよぉ」

「さすがの俺でもアリシアさんを敵に回したくはないな。ある意味、おっさんは勇者だな~」

「お、お前ら……っ! まあいい。それよりお前らを呼び出したわけだが……すでにわかっているのだろう?」


 ガイアスに問いかけられ、三人は頷く。


「今回のSランク昇格試験、合格者は三人。ヨミ・ナトロス、ウリン・クーセタン、レン・アグニ。お前らは今日からSランクだ。何が言いたいかわかるな?」


 さらに問われ、今度は首を傾げる三人。

 ガイアスは苛立ち交じりに告げた。


「少しは自覚を持って行動をしろ! 特にウリンとレン! お前らは行く先々で問題を起こし過ぎだ! 自重しろ!」

「俺のせいじゃないから無理。力量差も理解できないバカが絡んでくるんだからしょうがない」

「俺は問題なんて起こしてるつもりないぜ。少々やりすぎる程度だ。許容範囲内だろ?」

「そんなわけあるか! ウリン、この前北の方で何したか言ってみろ」

「はあ? 街上空に出現した亜竜を討伐した。少し街が荒れただけだぞ」

「少し、だと? 由緒ある時計塔と庭園が焼失、街は半壊、復興に半年かかる被害が少しだと言うのか?」

「ああ……まあ、ちょいと壊し過ぎたかもなぁ……」


 そう言ってバツが悪そうに頬を掻くウリン。

 ウリンがガイアスに尋問されているようで、ヨミと煉は笑いをこらえていた。


「笑っているがレン、お前もだ! イザナミ、ミストガイア、聖都。それらの街のギルドマスターから苦情が届いている。原因は分かっているよな?」

「いや、全然」

「毎度毎度絡んでくる冒険者の心を折るんじゃない! そのせいで人手不足だと言っている! 少しは穏便に済ませる努力をしろ!」

「……申し訳ねぇ」


 さすがに言い返すこともできず、煉は素直に頭を下げた。

 そしてヨミは腹を抱えて笑っていた。

 笑い転げるヨミを放置し、煉は気になっていたことをガイアスに訊ねる。


「王女さんとコノハが昇格できないのには理由があるのか?」

「殿下の昇格については、親子での話し合いが済んでからだ。状況が状況だからな。それとコノハだが……戦闘に関しては問題ない。しかし、冒険者としては落第点だ。師である『神拳』に教育してもらう」

「なるほど。納得したわ」

「他に聞きたいことはないか? では、話は以上だ。下でアリシアにギルドカードの更新をしてもらえ」


 用は済んだとばかりに三人は部屋を後にした。




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