第266話 決戦 

 今日は朝早くから目が覚めちゃった。

 昨日の夜から心臓がバクバクしているせいかな。

 どうしてこんなにドキドキしているかは自分でもわかっている。


 ――――今日はお兄さんと戦える日だ!


 でも、あんまり興奮しすぎるのもダメだから、少し落ち着こう。

 思い起こすのはこれまでの修行の日々。

 森に捨てられていたウチを拾って育ててくれたお師匠。

 難しいことばっかりであんまり言ってることわからないけれど、今ならなんとなくわかるかもしれない。


『――強者との戦いは胸が躍るものだ。なぜかって? 己が鍛え上げてきた心技体、全てを懸けて戦うというのは……ただ、楽しいのだ。コノハよ。いずれお前にもわかる日が来る。全てを懸けて戦って尚、敵わぬ強者。敗北の痛み、悔しさ、それを乗り越え更なる力を手に、かつて敗北した強者を超越したその時の快感は言葉にすることもできない。故にコノハよ――強くなれ』


 うん、やっぱりまだわからないかも。

 でも、お兄さんがとっても強いのは分かってる。

 だからこそ、今日はウチの全てを懸けて戦う。

 ……それより昨日の夜は騒がしかったけれど、何かあったのかな?

 準備運動がてら外に出てみよう。


 そして宿を飛び出し、屋台のおじさんに話を聞くと、昨夜領主様の住んでるお屋敷が爆発したらしい。

 原因は分かっていないけれど、悪いことをした人が居るみたい。

 もしかしたら、今日の試合は中止になってしまうかも……――ってそれはダメだよ!!

 ウチの楽しみ……今日は絶対にお兄さんと戦うんだから!

 こうなったら、ギルドマスターのおじさんを説得しないとっ。

 そう思いギルドへと向かう途中、街中に正午から試合が開催されると伝達された。

 すると、街の人たちが慌ただしく動き始める。

 みんな仕事を早く終わらせて、ウチとお兄さんの試合を見に来るんだ。

 正午まではあと五時間くらい、かな?

 それなら私は最初から全力を出せるように、どこかで魔力を消費してこよう。

 ギルドで受付のお姉さんに、魔獣討伐依頼を受けさせてもらい三時間ほどの準備運動が完了した。


 宿に戻って汗を流し、お師匠が作ってくれた道着に着替える。

 純白に薄っすらと金糸が織り込まれた道着は、神獣の髭が使われているみたい。

 ウチには他の服との違いがあんまり分からないけれど、お師匠が大事にしろって言うから、とっておきの戦いの時にしか着ないようにしている。

 今日がその日なのだ。

 あと一時間もしたら試合の時間。待ち遠しくてウチは闘技場に向かった。

 ギルドのお兄さんの案内を無視して、ステージに向かうと地面が揺れるほどの大歓声が聞こえた。

 観客席にはお客さんがいっぱいで、空席は見つからなかった。

 お兄さんはまだ来ていないみたいだから、ウチはステージの中央で座って待つことにした。


 正座をして目を閉じる。考えるのは戦う相手だけ。

 これまで見てきたお兄さんの戦いを思い浮かべる。

 あの炎はやっぱり熱いかな? 剣士の人と戦うのは初めてじゃないけど、お兄さんの方が絶対に強いよね。

 体格差は……どうとでもなる。お師匠よりはちっちゃいし、お友達の熊さんはもっと大きい。

 今はまだ子供だけど、お兄さんなら手加減することもないよね。

 うん、大丈夫。


 お師匠直伝の精神統一が終わり、目を開くと対面からお兄さんが姿を現した。

 ウチの時よりもすごい歓声だね。

 それだけみんなお兄さんに期待しているってことかな。

 でも……負けないよ。

 ウチは「黒獅子」の弟子だもん。


「待ってたよ、お兄さん♪」

「本当に戦うことになるとは思ってなかった」

「当然だよ。約束したんだもん。それより……ウチが子供だからって手加減したら許さないから」

「しないさ。そんな殺気ビンビンに放って……物騒なガキンチョめ」

「よかった♪ そう言えば、今日は剣は持ってきてないの? それとも、ウチのこと馬鹿にしてるの?」

「そんなわけないだろ。今日は刀は必要ない。『神拳』の弟子だかなんだか知らないが――花宮心明流武闘術の神髄、見せてやるよ」

「むふふっ♪ それは楽しみだなぁ」


 お兄さんはウチを馬鹿にしているわけでも、手加減するわけでもない。

 本気でウチと戦ってくれるみたいだ。

 ウチを子供ではなく、戦士として見てくれてるみたいで嬉しい。

 お兄さんは黒いローブを脱ぎ捨てると、拳を握り構えた。

 さっきまでヘラヘラ~ってしてたのに、一瞬で顔つきが変わる。

 これまで味わったことのない気迫を感じ、無性にゾクゾクする。

 反射的にウチも構えてしまう。

 両手を地面に付き、獲物を狙う獅子のように。

「獅子王拳」は最強の武術。それをここで証明してみせる!


 鐘の音と同時に、ウチらは動き出した。

 ウチは神気を、お兄さんは両腕に蒼い炎を纏い、ステージ中央で二人の拳がぶつかり合う。


 ――そしてウチは今日この日、人生において最も貴重な経験をしたのだった。






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