第264話 悪魔討伐

 煉は無造作に魔族を投げ捨てると、悪魔に向かって炎槍を放った。

 悪魔が魔力障壁を張り炎槍を受け止めた瞬間、炎槍は爆発し衝撃で悪魔の体が吹き飛んでいく。


「イバラ、そいつの拘束よろしく。二度と逃げられないようにしてくれ」

「はい。そちらはお任せしますね」

「おう」


 そのまま悪魔が吹き飛んだ方へ行こうとした煉の背に、王女が声をかける。


「あ、アグニ様! その……依り代の方は悪魔に体を乗っ取られているだけなのです。どうか、御慈悲を……」

「……王女さん、あいつが何言ってたか覚えてるか?」

「え……たしか私を殺害した後は、ある男性を……それが願いだと……」

「おそらく、依り代となった男の願いなんだろ。それがあの勘違い野郎の願いだとしたら、その男って言うのは俺のことだ。召喚者である王子たちの命令は王女さんを殺すこと。もうすでに奴らは悪魔に魂を売っているんだ。どうするべきか、わかるよな?」


 煉の問いかけに、リルは答えることができない。

 リルにとって、そうまでして自分と煉を殺すことの意味が理解できなかった。

 下を向き涙をこらえるリルへ、煉は軽い調子で言った。


「ま、殺しはしないさ。悪魔との契約が履行されるのは、命令が完遂された時だ。その命令が遂行されなければ魂を取られることはない。後は……王女さんが兄貴たちと話し合うんだな」


 それだけ言うと、煉はさっさと悪魔の下へと向かった。

 少し歩くと、煉を囲むように魔法による罠が設置されていた。

 明らかな誘導だが、気にすることなく気配を辿って進む。

 すると、四方に設置された魔法陣から黒鎖が煉へと襲い掛かる。

 しかし鎖は煉に到達する前に焼失してしまう。


「やはり……その炎は我らが王の御力。なぜ貴様のような小僧がその力を持っている?」

「どうでもいいだろ、そんなこと。とっとと異界に帰ってくれ」

「まだ命を遂行していない。魂を喰らってもいないのだ。その上、貴様の存在を許すわけにもいかない。このまま何もせず帰るわけにはいかないのだ!」


 悪魔の体から禍々しい魔力が放たれる。

 それに呼応し、依り代となったギルの体に異変が起きた。

 頭から二本の角、背に黒翼、肌や鎧が全て黒く変色していく。

 そして筋肉が膨れ上がり、怪物のような風貌へと変化した。


「それが本体か? 随分と逞しいな」

「そう余裕でいられるのも今の内だ。この姿を目にして生きて帰ったものはいない」

「大した自信だな。真名もない下級悪魔のくせに」

「貴様ッ……!!」


 怒り心頭の悪魔は煉の頭上から巨大な腕を振り下ろす。

 しかし、人の姿よりも動きは遅く煉は軽々と躱す。

 良く観察すると、鋭利な爪には毒が塗られており掠っただけでもひとたまりもないだろう。

 しかし、どれだけ腕を振り回そうとも煉に当たることはなかった。


「どうした? 久しぶりの現界で腕が鈍ってるのか?」

「く……っ。馬鹿にするな!!」


 悪魔の魔力が腕に集中し、両腕はさらに膨れ上がり巨大化。

 そして巨大化した腕で左右から煉を圧し潰そうとする。

 煉はその場から動くことなく、迫りくる大きな腕を眺めていた。

 そして――


「はっはっはっ!! 馬鹿め! その油断が命取りとなるのだ!!」

「……はぁ。悪魔ってどんなもんかと思ったが――お前、つまらないわ」


 退屈そうに呟く声。

 いつの間にか”神斬”を抜いた煉が悪魔の背後に立っていた。

 動揺で声も出せない悪魔は、自分の腕を確認した。

 すると、肘から先が綺麗に斬り落とされ、さらに切断面は焼かれ出血すらない。

 斬られたことを認識した瞬間、悪魔にとてつもない痛みが生じた。


「ぐぅ……あぁっ……ああああ!!」

「さて、どうやったら悪魔を追い出せるか。じっくり焼けば勝手に出ていくのか? ……難しいな。斬るか燃やすしか選択肢が無いってのはこういう時困る。悪魔祓う魔法って言えば聖魔法くらいだし……」

「く……何故だ! 答えろ! なぜ王の力がっ!」

「――神を殺すため」


 煉がそう言うと、喚き立てていた悪魔が途端に静かになった。

 そして何か納得したような表情で、呟いた。


「そうか……我らが王は……既に……――」


 悪魔の魔力が消え、腕を斬られた姿のギルだけが残った。

 何故悪魔が消えたのかわからないが、煉は納刀し落ちていた腕を拾う。


「とにかく一件落着ってことで。腕は……まあ、何とかなるだろ」


 意識の無いギルを引きずり、煉はイバラたちの下へと戻ったのだった。




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