第263話 勘違い

「――両殿下、ご説明していただけますか?」


 ガイアスは、手足が動かず騎士を支えに座っている王子たちに訊ねた。

 周囲には魔力を使い果たし意識を失った魔術師が十数名横たわっている。

 当事者である王子たちから聞き出すのが手っ取り早いと判断したのだ。


「……わ、私は、何も間違ってなどいない……」

「リル王女殿下の殺害が正道だと?」

「奴に、王は務まらない。だが……父は奴に王位を譲るおつもりだ。そんなこと……許されるはずがないだろう!」

「……ガラージヤ様もですか?」

「……俺が王になる気はなかった。次期国王は兄さんだ。それが正しい在り方だなんだ。だけど……妹が王になるのだけは我慢ならなかった。俺は……兄さんを支えるために教育を受けてきたんだ! 兄さんを王にするためなら、何でもするさ!」

「その結果、お二方は両手足の自由を奪われた。よりにもよって禁忌魔法を使用し、悪魔を召喚したと。いくらなんでも度が過ぎている」


 ガイアスは呆れていた。

 三人の間に足りなかったものは相互理解だ。

 王子たちは妹の意思を確認しようとせず、王女は自分の意思を王子たちに伝えることをしなかった。

 そのすれ違いによって、王女は身を守ることに徹し王子たちは徹底的に王女を排除しようとした事態に至った。


「……後の判断は陛下にお任せしよう。俺の手に余る事態だ。

 ――騎士たちは殿下を安全な場所へ。俺は一度ギルドに戻って冒険者たちの指揮を」

「ギルド長!!」


 ギルドへと戻ろうとしたガイアスの下へ、荒い息を吐きながらアリシアが駆け寄ってきた。

 アリシアの表情から焦りと深刻さが滲み出ている。


「どうした!?」

「はぁ……はぁ……。ぎ、ギルドの地下牢に捕らえていた魔族が……いませんっ!」

「こんな忙しい時にっ……街にいる冒険者を全員叩き起こせ! クレアとゲンに指揮を任せる。逃げ出した魔族を必ず見つけ出せ!」


 その後、ギルド員に叩き起こされたクレアとゲンシロウは、鬼の形相を浮かべ逃げ出した魔族捜索に全力を注いだのだった。




 ◇◇◇




「――はっ……はぁ……はぁ……」

「どうした? もう終わりか?」


 森の中を駆け回り、悪魔から逃げ続けていたリルの足は止まった。

 逃げまわった先は崖下。登るのも困難な崖を背にリルは座り込んだ。

 街からは遠く離れ、今自分がどこにいるのかすら怪しい。

 もう誰も助けには来ないかもしれない。そんなことがリルの頭を過る。

 それでも、悪魔から目を逸らすことなくただ一心に前を向いていた。


「ふむ……まだ絶望しないか。心のどこかで誰かが助けてくれると信じているようだが、諦めたまえ。このような深い森では誰も来ないさ」

「私は……諦めません」

「強情な女だ。嫌いではないがね。そんな君の魂はさぞ甘美なことだろう。我が召喚者の命は君の殺害。そして我が依り代の願いは……とある男の殺害。このような些事、すぐに終わらせて新しき生を謳歌しようではないか」


 悪魔の両手から放出された魔力が形を変え、真黒な大鎌となった。

 ゆっくりとリルに近づき、その首元に刃を掛ける。


「さて、何か言い残すことはあるかな?」

「……いいえ。私がここで死ぬのなら、それまでだったのでしょう。潔く死を受け入れます。ですが――――」


 森の中に狼の遠吠えが響いた。


「どうやら私は……まだ生きていていいみたいです」

「何を言っている――――」


 突然、真横から突風が吹き荒れ悪魔の体を吹き飛ばす。

 リルはフッと笑い全身の力を抜き結界を解いた。

 そんなリルを守るように、ダークグレーの大狼が降り立った。

 その背には、イバラとナナキが跨っている。


「……間に合ったみたいですね」

「姫!! ああ……こんなにボロボロになって……どうしてお一人で街の外に行かれたのですか!?」

「……ごめんなさい。私のせいで、ナナキが……」

「何か視たのですね。姫を守れるのなら、たとえこの命失ったとしても本望です」

「そんなこと言わないで。これからもナナキには私の側にいてほしいわ」

「えっぐ……ひっぐ……びめ゛……わ、私にそのような……嬉しゅうごじゃいまずぅぅぅ!!!」


 そんなナナキの感動を嘲笑うかのように、悪魔は拍手をしながらゆっくりと立ち上がる。


「いやはや。素晴らしい主従愛じゃないか。実に感動的だ。だが……君たちは勘違いをしている。なぜ、私を前にして生き残れると思っているのだろうか? ただ、贄が増えただけだというのに。厄介なのは、その大狼だが」

「お二人とも、下がってください。新しい結界を張ります」

「鬼族の少女とは珍しい。まだ味わったことのない魂だ。一体どんな味がするのだろうか」

「あなたこそ勘違いをしているみたいですね」


 イバラが挑発的に告げた。

 悪魔は不快そうに顔を歪めると、イバラに向け魔力弾を放つ。

 しかし、それはソラの尻尾ではたき落とされた。


「君は……私を馬鹿にしているのだろうか」

「いえ。私は事実を言っているだけです。レンさんならもっと上手に挑発するのですが、私ではそう上手くはいきません」

「誰のことを言っているのかは分からないが……癇に障る。まずはお前から――」


 悪魔が大鎌を振り上げたその時、周囲の樹が突如炎上し始めた。

 何事かと目を向けると、炎上する樹々の中に一筋の道が出来ている。

 その道をゆっくりと歩き、近づいてくる人影。


「あなたの勘違いは一つ。あなたの相手をするのは私たちではないということです」


 燃え盛る炎の中、煉はボロボロの状態で気を失った魔族を引きずりながら姿を現した。






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