第262話 悪魔からの逃走

 時刻は深夜。

 翌日の決勝に想いを馳せ期待に胸を躍らせ眠る街の中で、突如巨大な爆発音が轟いた。

 轟音で目が覚めた住民たちが家を飛び出し何事かと音の発生源に目を向けると、貴族街の一角、領主邸のすぐ横の屋敷から火の手が上がっている。

 騒然とする街中でガイアスは即座にギルド員に指示を出し、対応を始めた。

 数名の冒険者を引き連れ屋敷へと向かう。

 そこで目にしたのは、騎士たちにより崩壊した屋敷から救助された傷だらけの王族の姿。

 そして、瓦礫の中から飛び出した人影。

 月光を反射して光る金の鎧を纏った男は、一直線に街の外へと屋根を伝って走り去っていく。


「あれは……。お前ら、すぐに受験者たちの宿に向かえ。リル王女殿下の無事を確認してこい! すぐにだ!!」


 焦った様子のガイアスは、連れてきた冒険者たちを急がせる。

 もし予想が正しければ、最悪の事態になっているかもしれない。

 リルの無事を祈りながら、治療を受ける王族の下へと駆け寄って行った。




 ◇◇◇




 月明かりに照らされた薄暗い街道をひとり歩く少女の姿。

 リルは一人街の外へと抜け出していた。

 振り返り煙の立ち上る街を眺める。


「やはり……視た通りの光景ですね」


 リルは”星詠みの魔眼”によって少し先の未来を視えた。

 意図せず視えた未来は断片的で、曖昧なものだった。

 しかし、燃え上がる屋敷と崩壊する宿、さらに心臓を貫かれたナナキの姿を視てしまった。

 それだけでリルは何が起こるかを察し、ナナキを起こさないよう魔法で消音し街の外へ逃げた。

 ただミスがあるとすれば、誰にも告げず護衛すら付けていないこと。

 単身で街の外へと逃げたリルは、格好の餌だった。


「――っ!?」


 背後から飛来した魔力弾を回避し、抉れた地面を視たリルの頬に一筋の汗が流れる。

 そして目の前に降り立った男を見て、驚愕した。


「なっ、あなたは!?」

「ごきげんよう、我が贄よ。早速で申し訳ないが――その魂、もらい受ける」


 男が手をかざすと、一瞬リルの体が硬直した。

 すると何かが砕ける音が鳴り、リルの耳飾りが地面に落ちた。


「ほう。呪詛返しか。思いのほか守られているじゃないか」

「……あなたが……なぜ……?」

「ん? こいつと知り合いか? 言っておくが、お前の知っている男はもういない。そうだな……冥途の土産に教えてやろう。私は異界より召喚された名もなき悪魔。忌々しい偽神に異界へと封じられてから現界するのは久方ぶりだ。相も変わらず、この世界は醜悪な神気が漂っている。ああ……忌々しい」


 悪魔と聞いて、リルは言葉を失った。

 何故悪魔が、というよりもリルの脳裏では何故こんなバカげたことをしてしまったのかと、兄たちの愚かさに呆れている。

 そして目の前の脅威から無意識に逃げ出そうとゆっくりと後退していた。


「ふむ。一度目で失敗したのが悔やまれる。すでに結界にてその身を守っているとは。中々どうして優秀じゃないか」

「……悪魔召喚は魂と引き換えに願いを叶えてもらう禁忌の魔法です。あなたを召喚した方たちは……」

「ああ。寛大な私は奴らの手足だけ見逃してやった。またこの世界に私を召喚した愚か者たちだ。これでも感謝しているのだよ」

「そうですか。生きているのなら良かった……ですっ!」


 リルは悪魔に煙玉を投げつけ、視界を奪った間にその場を離れた。

 すると悪魔は楽しそうに笑い声を上げた。


「せっかくだ。少しは楽しませてもらおうか。逃げ惑う贄を追うことほど、楽しいことはない」







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