第260話 vs 猛犬(決)

 蒼炎の刃と風の長槍が交差するたびに激しい衝撃が起こり、客席に被害が及ばないよう張られた結界に罅が増えていく。

 結界を張り続けるギルド所属の魔術師は悲鳴を上げながらも、何とか結界を維持していた。

 その時、突然結界に入っていた罅が修復され、より強固な結界に作り替えられた。

 何が起きたのかと魔術師が呆然としていると、後方から小さな少女を連れたアリシアが部屋に入ってきた。


「ごめんなさいね。頼れそうな魔術師がイバラさんしかいなくて」

「いえ、元はと言えばレンさんが加減もせず暴れているせいですから。これくらいであればいつでも」

「そう言ってもらえるとありがたいわ。貴女も少し休みなさい。疲れているでしょう? 三人で観戦しましょう」

「え、まあ……はい……」


 魔術師は戸惑いながらも、その場に腰を下ろし魔法映像に目を向けた。

 隣に座る少女の、片手間で強固な結界を張る技術に少し嫉妬心を覚えながらも、魔術師は何も言わず映像の中で行われている高次元の戦闘に意識を傾けた。




 ◇◇◇



 二人が魔法を使い始めてから十数分。

 ステージはボロボロに崩れ足の踏み場もないほど破壊されている。

 乱雑に積み重なる瓦礫の上を駆け回り、互いの力をぶつけ合う。

 痛々しい抉られたような傷のついた両腕で、煉が太刀を振るうと周囲一帯が炎上。

 対して、体中至る所に火傷の痕が目立つウリンが槍を振り回すと、飛来する風の刃が煉の体に傷を付ける。

 両者一歩も譲らず、時間だけが過ぎていく。


「そろそろ、疲れた頃だろ……? いい加減、降参したらどうだ?」

「どうした、ワンコ? 威勢よく、吼える元気もなく、なってきたか?」

「……上等だ。吠え面かかせてやる……っ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」


 互いに体力も魔力も限界を迎えようとしていた。

 それでも心を奮い立たせ、相手を凌駕しようと走り続ける。

 しかし、転機は突然訪れた。


「――っ!?」


 ウリンの槍を纏っていた風が消失した。

 風を維持できるほどの魔力は残っておらず、瞬時に身体強化のみに意識を集中させた。

 その大きな一瞬を、煉が見逃すはずもなかった。

 咄嗟に槍で防御したウリンもさすがと言えるだろう。

 だが、煉の火力に到底耐えきれるわけではない。

 頭上から振り下ろされた煉の太刀を受け止めたウリンは、その熱量に苦悶の声を漏らす。


「ぐっ……あぁぁっ!!」


 隙だらけのウリンの鳩尾に煉の蹴りが突き刺さる。

 吹き飛ばされたウリンに追い打ちをかける煉は、切っ先をウリンへ向け突撃する。

 しかし――


「っ!?」


 一瞬、煉の脚から力が抜けた。

 さらに足場が崩壊し煉は態勢を崩した。

 よく見ると、煉の両足と足元に小さな風の槍が刺さっている。

 吹き飛ばされる寸前に、ウリンが魔法を放っていたようだ。


「ちっ。ワンコが……」

「がはっ! はぁ……はぁ……ただでやられるわけねぇだろうが!」


 そう言うと、ウリンは懐から緑色の大きな魔石を取り出し長槍で砕く。

 すると、暴風がウリンの槍を包み込んだ。


「魔法保存用の魔石……冒険者の最終手段をこんな場面で使っていいのかよ」

「こんな時だから、だろ? 決着をつけると言ったはずだ! これで終わらせる!」


 槍の穂先を煉に向け、残りの魔力を全て槍に注ぎ込む。

 風は猛威を増し、周辺の瓦礫を巻き上げていく。

 対して煉も、刀を構える。

 右足を引いて腰を下ろし、顔の横で太刀を構え切っ先をウリンへと定めた。

 纏う蒼炎は細く、緻密に制御された炎に揺らぎはない。

 ――二人は同時に地面を蹴った。


「我が魔槍、御覧じろ!〈暴風の極死槍サイクロン・ボルグ〉!」

「花宮心明流改〈蒼炎・獅月〉!」


 高密度な魔力の衝突により、巨大な爆発が起きた。

 あまりに大きな爆発でイバラの結界が軋むが、何とか耐え抜き客席への被害を最小限に抑えた。

 しかし、闘技場は爆発による砂煙に覆われ何も見えない。

 待っていると徐々に影が浮かびあがってくる。

 煙が完全に晴れそこには――


「くそが……っ」


 悔し気に顔を歪め仰向けに倒れるウリン。

 そんなウリンに馬乗りになり、顔の横で刀を突きたてる煉の姿。

 荒い呼吸を吐きながらも、笑みを浮かべている。

 そして鐘が鳴り、勝者の名が告げられ闘技場は大歓声に包まれた。


「……俺の、勝ちだ」








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