第257話 vs 神の使徒
そして、最終戦。
今最も注目を集める冒険者の登場に、会場が沸きあがる。
深紅の髪を靡かせ煉はゆっくりとステージに降り立った。
そんな煉の相手はすでにステージに上がり、膝をついて祈りを捧げている。
汚れ一つない真っ白な神官服の男は煉の姿を視界に収めると、態勢を変えることなく話しかけた。
「お初にお目にかかります。私は七神教大聖司教の一人、”正義豪腕”のミガリと申します。
貴殿のことはかねてより伺っております。『炎魔』レン・アグニ殿。裏切りの聖女様と共に我らが聖都を混乱に陥れたとか。実に……度し難い行いです。神は常に我らを見守っております。貴殿のその不敬なる行いには罰を与えねばなりません」
「ふーん。それで?」
「しかし、このような些事で神が御降臨なさることはございません。神の御意思の下、神の使徒であるこの私が神罰を与えましょう」
「高みの見物決め込んでる神様がいないと何もできないような奴に、負けるとでも?」
煉はニヤリと笑みを浮かべ、ミガリを煽る。
すると、ミガリは悲し気に顔を伏せた。
「なんと不遜な……。世界は神によって調和が保たれております。全て神の御加護によるもの。我々の力もそうです。誰しもが持つスキルも魔法もジョブも、全て神より賜った恩恵なのです。故に、我々は等しく神の使徒であります。貴殿も我々と同じなのです」
「……一緒にすんな。虫唾が走る」
「ああ……神よ。憐れな信徒に祝福を。神は我らの側に、信仰は我らと共に。神の御名の下、彼の者に救済を……」
ミガリは立ち上がり、両手の拳にメリケンサックのような魔道具を装着した。
魔道具から発せられた魔力がミガリの両腕を覆い、銀色に光り輝く。
どうやら、戦う準備が完了したようだ。
「貴殿の半身、その身に刻まれた紋様……聖典に記されていました。焔のような痣は”咎人”の証。その若さで大罪を背負うとは……憐れな。貴殿の生に幸あれ。安心しなさい。神は貴殿の罪を御赦しになるでしょう。共に祈りを」
「勝手に祈るな。神なんてモノを信じちゃいねぇし、憐れだとも思ってねぇ。俺が俺自身で選んだことだ。俺の生き様を否定すんじゃねぇよ」
煉の怒りに呼応し、右腕から炎が燃え上がる。
互いに睨み合ったまま、鐘は鳴らされた。
それと同時に両者ともに地を蹴り、ステージ中央で二人の拳がぶつかり合う。
激しい衝撃波で闘技場が揺れた。
両者の力は拮抗し、共に殴り合うという誰が見てもわかりやすい形で戦いが繰り広げられていく。
「この程度では、貴殿の罪を超える罰には至らないということですね。では――神の御業をここに。我が拳に聖なる御力を授け給え〈
ミガリの腕が銀光に覆われ、巨大化していく。
煉の腕の数倍に膨れ上がった拳を受け、煉の体が数メートル吹き飛んでいった。
辛うじてガードした腕に痺れを感じた煉は、楽しそうに笑みを浮かべる。
「なぁんだ。思ったよりやるじゃん」
「……神罰が下るというのに、どうして貴殿は笑っているのでしょうか」
「強い奴と戦うのは楽しいだろ? それに、相手が神の使徒だっていうなら尚更。俺はいずれ……神を殺すんだ。せっかくだから、お前の神気に俺の炎が通じるか試してやる」
「なっ!? なんと不敬な……! そのようなことを口にするとは、この程度の神罰では生温いようですね。もう一段階神気を上げていきましょう」
ミガリの腕がさらに大きさを増す。
空を見上げ神に感謝し、自信満々な様子で煉を見る。
しかし、異様なモノを目にしたようにミガリの表情に動揺が見え始めた。
「な、何ですか、それは……」
煉の鮮やかな紅い炎が黒く変色していた。
ところどころに紅い炎が残っており、煉は不満げな表情をした。
「まだまだだな。もっと黒く、もっと深く……」
「……貴殿は危険ですね。申し訳ありませんが、ここで排除させていただきます」
ミガリが煉に接近し、巨大な銀の腕を振るう。
対して煉は、逃げることなく拳を突き付けた。
ぶつかり合う黒炎と神気に包まれた腕。拮抗したのは一瞬の事だった。
黒炎が銀光を黒く染め上げ侵食し蝕んでいく。
「ぐっ、あぁぁ!! あ、熱いっ! 痛い! 私の腕がぁぁぁ!!」
「やっぱり大したことなかったな」
神気が消え狼狽えるミガリ。
つまらなそうに呟く煉は、動揺するミガリに近づき拳を構えた。
「一つ教えてやるよ。お前の言うスキルやジョブは確かに神の恩恵かもしれない。だが、俺は全て捨てた。神の使徒でも何でもない。お前らと同じじゃない。俺は――叛逆者だ」
黒く染まった煉の拳が、ミガリの顔面に突き刺さる。
大きく吹っ飛んだミガリはステージの外で倒れ意識を失った。
鐘が鳴ると共に、爆発したような歓声が湧き上がる。
大きな歓声の中、倒れ伏すミガリに近づいた煉は拳の魔道具を取り外しアイテムボックスに仕舞った。
「神の使徒とやら。神罰を与えたければいつでもかかってこい。そのたびに返り討ちにしてやるよ。それと、面白そうな魔道具だからもらってくわ。アイトが喜びそうだし」
そう言い残し、煉は闘技場を後にした。
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