第256話 贖罪

 コノハとの戦いに敗れ気を失ったリルは、医務室のベッドの上で目を覚ました。

 目覚めた時リルの側で、手を握るイバラと目を真っ赤に腫らしたナナキ、そして優しい微笑みを浮かべたサイラスの姿があった。


「……そうですか。私は、負けてしまったのですね」

「姫! ナナキは……ナナキは、もう、心配でぇ……っ……」

「姫様、とても御立派でございました。……お強くなられましたな」

「ありがとう……。けれでも、負けてしまったことに変わりないわ」

「いいえ! あれはあの小娘が悪いのです! 姫が気に病むことはありません!」

「いいのよ。どうしてかしら、私の心はとてもスッキリしているの。それに、傷もないみたいで……」


 リルの体には傷一つなく、とても敗北したようには見えない。

 イバラが手を離すとリルは体を起こした。


「イバラ様が治癒魔法をかけてくださいました」

「そうなのね。イバラさん、ありがとうございます」

「気にしないでください。元々そんなに傷ついていませんでしたし。どうやら、コノハさんの最後の攻撃は直撃していなかったみたいですね」

「……そうだったのですね」


 気を遣わせてしまったのかと思い、リルは俯いた。

 すると、イバラの脇から大型犬サイズのソラがベッドの上に顔を乗せた。

 リルを励まそうとしているらしい。


「ふふっ。ありがとうございます。イバラさん、アグニ様の試合はもう終わってしまったのでしょうか?」

「まだです。リル様の次の試合がまだ終わっていないので」


 そう言ってイバラは中継されている魔法映像に目を向ける。

 ステージの上では、今まさに「屍鬼」と「双槍の猛犬」が激しい戦闘を繰り広げていた。




 ◇◇◇




「……んもぉ、私のコレクションにそんな傷つけないでくれる? 元に戻すのにどれだけの魔力を使うと思ってるのよぉ」

「お前がこんな雑魚ばかり嗾けてくるからだろうが! こっちだってめんどくせぇんだよ! とっとと影竜を出しやがれ!」


 ヨミの僕である影の獣を切り伏せながら叫ぶ。

 ウリンは死霊魔法で従えた竜ではなく、ヨミの契約している影竜が出てくるのを待っているようだ。

 しかし、ヨミが影竜を出す気配はない。


「嫌よ。あんたなんかにスーちゃん出すわけないでしょ。あの子は私のお友達。戦うために契約しているんじゃないの」

「ちっ。だったらとっとと降参しろ! 俺は女と戦う趣味はねぇ!」

「あら。あんたまだそんな信条掲げてるの? 冒険者に女も男もないわよ。相手が好きな男だろうが許嫁だろうが、依頼されれば遂行する。それが冒険者よ。あんたのその信念はそれ以上に大事なものなのかしら?」

「……当たり前だ。これが俺の贖罪だ。二度と女は傷つけねぇ。冒険者としての在り方がなんだ! 俺は、俺の信念を曲げねぇ!」


 ウリンは、ヨミに近づくことなくヨミが影から召喚する者だけを倒していた。

 呆れたようにため息を吐くヨミ。

 そんな二人の想いなどお構いなしに、観客は大盛り上がりで歓声を上げている。

 ヨミが影から屍を召喚し、それをウリンが切り伏せる。その繰り返しで一進一退の戦いとなっていた。

 しかし、突然ヨミの召喚した屍が全て影に吸い込まれていき、ウリンの動きが止まる。

 そしてヨミはウリンに背を向けステージを下りて行った。


「これ以上は無意味ね。やめるわ。殺し合いをしているわけではないし。私の力も示した。レンちゃんと戦ってみたかったけれども、今回は譲ってあげる。……頭の固いワンコに忠告してあげるわ。あんたのその信念、勝手に贖罪とか思っているみたいだけど、そんなことでが許してくれると思ったら大間違いよ。それには……いえ、これは私から言うことではないわね。一度、あの子に会いに行くことをオススメするわ」


 そう言い残し、ヨミは去って行く。

 遅れて試合終了の鐘が鳴り響き、観客の興奮が一瞬にして冷める。

 ブーイングの嵐のなか、ウリンはやるせない思いを抱えたままステージを下りていく。


「……そんなこと、俺が一番分かってる。どの面下げて、あいつに会いに行けばいいって言うんだ……」








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