第255話 リル vs コノハ
コノハが踏み抜いた衝撃で揺れが起こり、またしても客席から悲鳴が上がる。
対する王女は、魔法によって空に飛びあがり衝撃を回避していた。
「あはは! お姉さんって空飛べるんだね♪」
「この身に宿る膨大な魔力量のおかげです。私は王女としてではなく、一人の魔術師として貴女に勝ちます!」
王女は自身の周囲に光弾を生み出し、下にいるコノハに向け発射。
高速で撃ち出される光弾をコノハは体を少し捻るだけで回避する。
かなりの速度を有する光魔法だが、コノハの目にはそれが見えているようだ。
しかし、王女が狼狽えることはない。光弾を放ちつつ別の魔法の準備を始めていた。
「その地に足は要らず、汝の歩みを奪う〈
青い魔法陣がステージを包み込む、一瞬にして凍り付かせた。
突然凍った地面に足を取られコノハが態勢を崩す。
すかさず王女が狙いをつける。
周囲に生み出した光弾が形を変え、細長く鋭い槍となり態勢を崩したコノハへと降り注いだ。
高速の槍がコノハへ殺到するが、コノハは楽し気に笑みを浮かべる。
「――〈獅子螺旋脚〉」
凍る地面に手を付き逆立ちしたコノハは、足を大きく開きその場で回転。
迫りくる槍を次々と足で打ち払う。
観客がどよめき、ステージが異様な空気に包まれた。
憧れの王女が、幼い少女に敗北してしまうのではないか。観客はそう考えてしまう。
そんな空気の中でも、王女は前を見据え次の手を打つ。
「ねぇねぇ、お姉さん。そろそろ降りてきてよぉ~」
「まだです。貴女の魔力が枯渇するまで、私は降りません」
「ん~、確かにウチの魔力は少ないけど……いいの?」
「? 私が確実に勝つためには、貴女の魔力が枯渇するまで耐え抜くことです。身体強化に全魔力を注いでいるコノハさんは、数分もすれば魔力が空になることでしょう。貴女の魔力が無くなれば、私は勝てます」
コノハの持つ魔力量は、王女と比べ十分の一にも満たないほど。
新人の冒険者よりも少ない魔力しか持っていない。
その少ない魔力を緻密に操り身体強化を施しているコノハの技術は、熟練の魔術師の魔力操作と遜色ないレベルだ。
小さな体でどれだけの修練を積んだのか、想像に難くない。
だからこそコノハが魔力を使い切った時、王女は勝利を確信する。
しかし、その認識が間違いだった。
「神拳」の弟子を一般的な常識で当てはめてはならない。
誰も、「獅子王拳」の本当の力を知らないのだ。
「んふふっ。いいよぉ……それじゃ、ウチの魔力が無くなるまで楽しもうね♪」
「そうですね。ですが、悪いとは思わないでくださいね」
それから二人の戦闘は激しさを増す。
王女は多種多様な魔法を駆使し、コノハの動きを阻害し攻撃を仕掛けていく。
〈空中遊歩〉を合わせ、常に三種類以上の魔法を行使している王女の精神力もかなり疲弊していた。
それでも王女は、魔力が続く限り魔法を放ち続ける。
王女としてではなく、これから一人の冒険者として生きていくと決めた、リルの意地。
貴賓席で見ているであろう父に対して、人生初の我儘を貫き通すために、リルは全力で戦い続けた。
――そして、その時は訪れた。
コノハの魔力が無くなり身体強化が解除された。
コノハは地面に膝をつき、動きが止まる。
「今です! 遥か彼方より空を彩る星々、我が導きにて降り注げ〈
空高く掲げた長杖の先端より、幾つもの星がコノハの頭上に落ちていく。
リルが作り出したオリジナルの魔法。
いつか城から見た流れ星を思い浮かべ、魔法で再現しようと努力したリルの叡知の結晶。
残りの魔力の九割を使い果たし、空に浮かんでいることさえままならなくなりゆっくりと降下していく。
それでも、自身の全力を持って放った魔法だ。身体強化のできないコノハでは到底防げないだろうと、勝利を確信し笑みを浮かべる。
しかし――同様にコノハも笑っていた。
「――〈神気解放・獅子奮迅〉!」
突如、コノハの体から眩い光が放たれ、リルは思わず目を閉じた。
黄金の光はコノハの体を包み込み、リルの落とした星を消す。
リルは目を開けると驚愕した。
目の前には、黄金の光を纏ったコノハの姿。
黒い髪が金に変化し、獅子のような耳と尻尾が生えている。
そして、コノハは強く拳を握り――
「ウチの全力、見せてあげる。〈金獅子・覇拳〉」
コノハの正拳突きが、大きな波動となってリルを襲う。
咄嗟に魔力障壁を生み出すが数秒と持たず破壊され壁に叩きつけられた。
「がはっ――!?」
「……ごめんね、お姉さん。ウチはお兄さんと戦うまで負けるわけにはいかないんだ。でも、お姉さんも強かったよ。楽しかった」
リルは叩きつけられた衝撃で気を失う。
そして、静まり返る闘技場に試合終了を告げる鐘が響いた。
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