第254話 王女の覚悟
二日が経ち、武闘大会決勝トーナメント当日。
三日間かけて行われる冒険者たちの戦い。観客たちは期待に胸を躍らせ闘技場内は予選以上の盛り上がりを見せていた。
トーナメントの組み合わせは既に発表され、今まさにステージではヴェインと神官服を着た男が戦っている。
控室では魔法により、戦闘をリアルタイムで中継していた。
それを見ていた煉はヴェインの戦いぶりに笑みを浮かべる。
「やっぱり、ヴェインと戦ってみるのも面白そうだな……」
「――アグニ様」
そんな煉の下へ、魔術師姿のリルマナン王女がやってきた。
長杖を持っている手は微かに震えている。
「よお、王女さん。こんなところにいていいのか? 次、あんただろ?」
「ええ……。一度、アグニ様にはお礼を申し上げねばと思いまして……」
「あんたから礼を言われるようなことはしてないが」
「いえ。アグニ様は私の命の恩人。それ以外でもいろいろと……。私は貴方に礼を尽くさねばなりません。ありがとうございました。貴方のおかげで、私が進む道が見えた気がします」
「律儀だなぁ。あんま気にすんなよ。俺は依頼されたからあんたを守っただけだ。それなりに報酬ももらった。それで十分だ」
「ふふふ。アグニ様らしいお言葉ですね」
「……それより、あんた少し顔赤くないか? 大丈夫か?」
少し頬が上気しているように見えた煉は、顔を近づけ王女の額にそっと触れる。
すると、王女の顔はみるみるうちにリンゴのように真っ赤になり、王女はぎこちない動きで煉から距離を取っていく。
「べ、別にっ、なっ何でもありません! 気のせいです! そうに違いありません!」
「そうか? おっ、どうやら終わったみたいだぞ。あんたの出番だな」
「は、はい……行ってまいりますぅ……」
「おう。相手がコノハだからって簡単に負けんなよ。面白いもん見せてくれ」
「――はい! 見ててくださいね!」
王女はそう言って、満面の笑みを浮かべ走り去っていく。
煉が映像に視線を移すと、途端に両肩に重みを感じた。
「おいおいおいおい! お前も隅に置けないなぁ!」
「いきなり何の話だ、ウリン?」
「んもぉ~。レンちゃんたらぁ、鈍感さんなの? ニブチンもほどほどにしないと、嫌われちゃうわよぉ」
「……だぁぁぁ! 鬱陶しい! 離れろお前ら!」
ピッチリとした服に軽鎧を装備したウリンといつも通りの魔術師姿をしたヨミが、煉の肩に腕を掛けていた。
二人とも煉と王女の会話を盗み聞いていたらしい。
ニヤニヤと煉をからかうような笑みを浮かべている。
「王女様も大変ねぇ。こぉーんな鈍感さんに……」
「ま、それが恋ってもんだ。その感情は誰にも抑えられねぇ」
「王女さんが恋? あり得ねぇだろ」
煉がそう言うと、二人は呆れたようにため息を吐いた。
「……お前ら、息ピッタリだな」
「バカな事言うんじゃねぇよ。こんな根暗女と誰が」
「野蛮な犬と息ピッタリだなんて、失礼しちゃうわぁ」
「「あ゛あ?」」
二人が睨み合いを始めた。
コノハと王女の戦いが終われば、次はウリンとヨミの対戦となる。
それなのに共に行動している二人は、意外と仲がいいのだと煉は思っていた。
そんな二人の喧嘩を無視し、煉は魔法映像へと意識を向けた。
◇◇◇
闘技場は盛大な歓声に包まれていた。
それもそのはず、ネプテュナス神王国にて最も人気のある人物が、彼らの視線の先に立っているのだ。
客席にいる誰もが、「瑠璃の乙女」に声援を送る。
コノハにとっては完全にアウェイなのだが当の本人は気にすることなく王女と談笑している。
「お姉さんと戦えるなんて嬉しいな♪」
「私もです。コノハさん、お互い全力で戦いましょう。私も……簡単には負けませんからね」
「うっふふ。いいね……やっぱり、ウチお姉さんのこと大好きだよ♪」
見た目通りの少女らしい笑みを浮かべてはいるが、体から溢れだす猛獣のようなオーラが隠しきれずにいる。
コノハは早く戦いたくてうずうずしていた。
「でも、いいの? お姉さんって魔法使う人でしょ? ウチとじゃ相性悪いかもだよ?」
「……もし、これから私が冒険者として生きていくのであれば、相性など気にしてはいられません。いついかなる場合でも最善を尽くすのみです。それが私の――自分自身で決めた覚悟です!」
王女も負けじと魔力を高め始めた。
膨大な魔力を宿す王女から、壮絶な威圧感が発せられる。
それは客席にいる誰もが鳥肌を立てるほど。
全身が粟立つ感覚を初めて実感したコノハの表情が変化する。
まるで獲物を見つけた獣のような笑み。楽しくてしょうがないといった様子だ。
何も言わず距離を取り、ステージの両端に立つ。
そして、ガイアスの合図で試合開始の鐘が鳴り、二人は同時に動き出した。
「――〈獅震脚〉!」
「我が背に翼を、空駆ける力を我が身に宿せ〈
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