第252話 反省と土産話
武闘大会の予選が終わり、クレアの工房で宴会が開かれた。
当然、家主の許可などはない。
「暴走しかけるだなんて珍しいですね、レンさん」
「ああ……我慢し過ぎたみたいだ。溜め込みすぎて怒りに呑まれそうになったのは反省点だ。気を付ける」
「はっはっはっ!! まだまだだな、小僧!」
上機嫌な様子でゲンシロウが煉の背中を思い切り叩く。
勢いが強すぎて煉はむせてしまう。
そしてゲンシロウを睨みつけ、指先に生み出した小さな炎弾を飛ばした。
「はっ! そんな豆鉄砲が当たるかよ」
「相変わらずうぜぇおっさんだな。いい加減くたばれ!」
今度は手のひらサイズの炎弾を生み出し、投げつけた。
凝縮された煉の炎弾は高火力の爆弾に等しい。
しかし、ゲンシロウはテーブルに置いてあるナイフを軽く一振りするだけで切り裂いた。
煉が悔し気に舌打ちをする。
「おいおい。さすがにクレアに怒られんぞ」
「――今さら何言ってんだい! もう怒ってるよ!」
呑気なゲンシロウの脳天にクレアの拳骨が突き刺さる。
魔力の込められたクレアの一撃をくらったゲンシロウは頭を押さえた。
「いってぇ……そうカッカするなって。ほら、酒でも飲んで」
「なんでいつもいつもあたしの家なんだい! あたしの家はあんたらの溜まり場じゃないんだよ!」
「そう言うなって。この街でここほど落ち着く場所はねぇぞ。ほら、肉でも食べて」
「この師にしてこの弟子ありってわけかい? まったく冗談じゃないよ。ちょいとイバラ、この肉、焼いてきておくれ」
「あ、はい」
クレアに頼まれイバラがキッチンへと向かう。
その後ろを大型犬サイズとなったソラが付いていく。
大きなため息を吐いたクレアは、酒瓶を抱え壁際に置かれたソファに座った。
「まったく……ゲン、随分と無茶をしたみたいじゃないか。龍王とやり合ったんだって? あんなのと戦おうなんて、バカにも程があるよ」
「俺の生きがいだからな。強者との戦いが俺に”生”を実感させるのさ」
以前とは違い、ゲンシロウの右目に三本の爪痕が刻まれていた。
SSランク冒険者であり世界最強の剣士がこれほどの傷を受けた事実に、煉は自分の力がまだ未熟であると再度認識を改める。
一年前、ゲンシロウと相対した時より数段強くなってはいるが、上にはまだ上がいるということを思い知らされた煉だった。
「龍王ってあのピンクだろ? 見た目が幼子でもやっぱり龍は龍だな。その中の王だ。それくらいで済んでよかったと思った方が良いだろう」
「そうだ。龍王は全生物の頂点と言われている。命があるだけマシだと思いな」
「いや、俺はまだ本気を出していない。次は絶対にぶった切ってやる」
「やっぱりバカなんじゃないかい」
クレアは呆れた表情を浮かべ、アイテムボックスから一振りの刀を取り出した。
それをゲンシロウへ投げ渡す。
「ほら、直しておいてやったよ。いつも言ってるだろう。手入れはちゃんとしな」
「わかってるよ。やっぱりこれがないと落ち着かねぇや」
ゲンシロウは刀を腰に差し、満足げに頷く。
そして煉へと視線を向けた。
「小僧、空中庭園はどうだったよ? ありゃ冒険者の誰もが夢を見る地だ。そこに足を踏み入れたんだ。土産話が無いとは言わせねぇぞ」
「おっさんも興味はあったんだな」
「当ったり前だろ。俺ぁバカだからよ。あそこに辿り着くことはできなかったが若ぇ頃は夢を見たもんさ。あの地で見る景色は一体どんなもんかってな」
「ふーん……しょうがねぇから、話してやるよ。空中庭園の景観は――」
そう言って煉は空中庭園に辿り着くまでの過程や空中庭園内での体験を話し始めた。
ゲンシロウだけでなくクレアも煉の話に耳を傾ける。
二人とも冒険者であるからこそ、かつて感じていたまだ見ぬ冒険への高揚感を思い出す。
そこへ料理を終えたイバラや工房で魔道具作成をしていたアイトも加わり、話は大いに盛り上がった。
話は尽きることなく、宴会は朝まで続いたのだった。
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