第251話 ”炎魔”の証明

 目の前で行われている戦いに、誰もが息を呑む。

 あまりの圧倒的な力の差を理解し静まり返る闘技場。

 剣戟の音のみが響き渡る。

 客席で見ているギルのパーティーメンバーである五人の女性たちでさえ、目に涙を浮かべ見守っていた。

 彼女らは何度同じ光景を見ただろうか。

 振り下ろしたギルの剣は、煉の刀によって受け流され勢いのまま倒れ込む。

 そして立ち上がり煉へと斬りかかるが、またしても受け流され倒される。

 何度も何度も繰り返し、それでもギルは立ち上がる

 憎々し気に顔を歪めたギルが叫んだ。


「くそっ! ふざけるな!! 僕がこんな無様な姿を晒すなんてあり得ないんだよ! 貴様はただ黙って僕に倒されていればいいはずなのに……何故だ!?」


 煉は何も言わず、肩に刀をかけ視線だけを向ける。

 余裕綽々な煉の様子に、ギルはさらに激昂した。


「僕は『剣聖会』のギル・ブレイダーだぞ! 由緒ある騎士の家系に生まれた神童だ! そんな僕を……貴様のようなイカサマ男が見下すな! 大した実力もないくせに……うまく取り入っただけのくせに……嘘に塗れた貴様の真実を明かして僕が本当の英雄になる筈だった! なのに……っ」

「いい加減現実見ろよ。こんだけ倒されてんのに立ち上がる根性は認めてやるが、ボロボロのお前と無傷の俺、どちらが強いかなんて明白だろ?」

「黙れ! そんなもの認めるものか! ……そうか。魔法で僕の体に何かしたのだろう。そうでもしなければ、僕がこんなになる筈がないからな。やはり貴様は偽りだらけだ! こんな勝利に何の意味があるというのだ!」


 煉がどんなに言葉を尽くそうとも、ギルが聞き入れることはなかった。

 それどころか、さらに見当違いなことを言い始める。

 さすがの煉もこれ以上相手にするのは面倒に思い、刀を鞘に納めアイテムボックスに仕舞った。

 それを見たギルの勘違いがさらに増長する。


「ようやく罪を認めたか! やはり僕は間違っていなかったんだ。嘘を明かされたからと言って戦いを放棄するなど、冒険者にあるまじき行為だ! 君はSランクにふさわしくない! この僕が引導を――ぐはっ!?」


 煉へ斬りかかるギルの顔面に煉の拳が突き刺さる。

 そのまま数メートル吹き飛ばされたギルは、聖剣を支えに立ち上がり今まで以上に怒りを露わにした。


「ぼ、僕の顔を殴るだなんて……貴様っ! もう容赦はしないぞ! もう我慢の限界だ! 聖剣の力を解放する! そうなったら貴様など瞬殺――」

「おい、三流剣士。俺が『炎魔』って呼ばれてる理由、知ってるか? お前の見当違いな言動には、いい加減イラつくんだよ。圧倒的な力ってものを見せてやるよ」

「何を馬鹿なことを。そんなハッタリで僕が狼狽えるとでも? 僕の聖剣の力を拝めることを、光栄に思うがいいさ。光輝け、〈聖剣カリバーン〉!」


 ギルの持つ聖剣が眩い光を放ち、高密度の魔力を放出する。

 しかし、それを超える魔力が煉の体から溢れだした。

 あまりに膨大な煉の魔力は、聖剣の魔力を呑み込み、光を衰えさせる。

 聖剣を越える力の奔流にさすがのギルも驚きを隠せないでいる。

 そして、煉が右手を掲げた瞬間、ギルは自分の間違いを正しく認識した。

 胸中に宿るは恐怖。目の前の人智を越えた力にギルは恐れたのだ。

 遂に煉は、心に溜め込んだ”憤怒”を解放する。


「――これは憤怒の証明。我が敵を払う罪深き宝具なり。顕現せよ『紅椿』」


 煉の眼前に、天を衝く炎の柱が出現した。

 突き刺した右手を引き抜くと、炎柱は消失し紅い大太刀が握られていた。

 軽く一振りするだけで、ステージの周囲が炎上する。

「炎魔」の本領に誰もが言葉を失う。それはギルも例外ではなかった。


「あぁ……あっ……ぁぁ……」

「腰抜かしてんじゃねぇよ。立て」

「ぼ、僕が間違っていた……君の力は、本物だ……」

「だから何だ。今さら間違いを認めた程度で終わるわけないだろ。さっさと立て。少しは根性……見せてみろっ!」


 あまりの気迫にギルは失神した。

 失神したギルの頭上から振り下ろした煉の「紅椿」は止まらない。

 誰もがギルが斬られたと思い、悲鳴が上がる――。


「――そいつぁやりすぎだぜ、小僧」

「……おっさん、いたのか。悪い、助かった」


 煉の攻撃は一人の男、SSランク冒険者「大剣豪」ゲンシロウによって止められた。


「これは終わりでいいだろう。――ガイアス!」

「あ、ああ。そこまでだ! 勝者はレンとヴェイン。今日の試合はこれで終了とする。再開は二日後だ」


 ガイアスの宣言により、試合終了を告げる鐘が鳴る。

 倒れてボロボロになったギルをギルドの医療班が連れて行く。

 激しく炎上しているステージの上には、煉とゲンシロウだけが残された。









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