第249話 猛犬の戦い

 ひび割れたステージを魔法で修復し、続けて第二グループの試合が行われた。

 第二グループには、特に際立った力の差はなくAランク冒険者らしい戦闘に観客も大いに盛り上がっていた。

 勝ち上がったのは同じ神官服を纏う男女。

 左胸には七神教のエンブレム、さらに左肩には十字架に磔にされた人が描かれた紋章。

 冒険者とは思えない装いに、観客や貴族らも疑問を抱くことはなかった。


「……自称『神の使徒』、ねぇ……」

「? どうかしましたか?」

「いや、何でもない。そろそろ行くわ」


 客席で観戦していた煉は立ち上がり、ステージ脇の入場口へと移動を始める。

 次の第三グループの試合が終われば、煉の出番となる。


「リル様の試合は見なくていいのですか? 何かあるかもしれないんでしょう?」

「大丈夫だろ。そのためにウリンまで巻き込んだんだ。それに、一応横で眺めてるから、試合さえ終わればどうとでもなる」

「そうですか。私も警戒だけはしておきますね」

「……ああ、頼む」




 ◇◇◇




 第三グループの面々がステージに上がる。

 王女の姿を目にした観客たちから、今まで以上の歓声が沸き起こる。

「瑠璃の乙女」の異名は伊達ではないということだ。

 黒と白の長槍を手に持つウリンが、王女の横に並び立ち周囲に聞こえない声量で話しかける。


「あんまり動き回るんじゃねぇぞ。できるだけ端にいろ。王族からの護衛依頼だからな。傷一つ付けさせやしないぜ」

「それは頼もしいですね。ですが、こう見えて私も戦えるのです。それをこの場で証明してみせます」

「ハッ。言うじゃねぇの。魔法が得意なんだろ? 俺に当てるなよ」

「もちろんです。……それにしても、このような衆人環視の中、さらに大事な試験の最中に私を襲うような方がいらっしゃるとは……」

「冒険者は依頼されれば基本何でもやる。それが王族なら尚更な。断るのなんざ、SSランクの化けモン共かレンくらいだ。だから普通の冒険者はどんな悪評を背負おうが依頼を完遂しようとするのさ」


 両手で器用に二本の長槍を振り回し、構える。

 ウリンは既に察していたのだ。

 同じグループの冒険者たちは、王子たちの依頼を引き受けているということを。

 そして、戦闘開始の鐘が鳴り響く。

 同時に、どこからか王女を目掛け十数本のナイフが放たれる。


「っ!?」


 ナイフは王女の下へ届かず、ウリンの槍によって振り払われた。

 ウリンの背から息を呑む音が聞こえる。

 客席の空気も一変した。明確な殺傷攻撃に、王女を狙った冒険者へ非難の声が集まる。


「確か”シーフ”の奴がいたな。随分と気配を殺すのが得意なようだが……」


 次々と飛来するナイフを叩き落としながら、ウリンは楽しそうに笑みを浮かべる。

 王女を殺そうと、他三人の冒険者も武器を取り一斉に襲い掛かってくる。


「悪いが、これも依頼でな!」

「リル王女にはここで退場してもらう!」

「猛犬、邪魔をするな!!」

「ハハッ! 面白れぇ! 全員まとめてかかってこい。簡単に壊れないでくれよなぁ!!」


 野獣のような雄叫びを上げ、華麗な槍捌きで応戦する。

 遠距離からのナイフを打ち払い、目の前で振り下ろされる剣を弾く。

 突きを躱し振り下ろしを槍で受け流し、柄で顎を打ち上げる。

 怯んだ一人に回し蹴りを叩き込む、二人の冒険者を弾き飛ばす。

 真正面でウリンと相対する冒険者は、瞬く間に二人の姿が消え、一瞬動きが止まる。

 その一瞬をウリンが見逃すはずがなかった。


「――おらぁ!」

「ぐはっ!?」


 二本の槍の横薙ぎをモロに受けた男は、客席の壁まで吹き飛ばされた。

 三対一でまるで相手にならず、ウリンはがっかりしてため息を吐く。


「Aランクのくせにこんなもんかよ。その程度で王女を殺してどうするつもりだったんだ? 罪人として生きていこうってか。馬鹿な奴らだな」

「っ!?」

「動揺し過ぎだ。殺気が駄々洩れだぞ」


 遠距離でナイフを投げていたシーフの男の目前に、いつの間にかウリンが現れた。

 王女の側にいたはずのウリンがなぜ、そう考える間もなく頭上から槍が振り下ろされ地面に叩きつけられる。

 圧巻の戦闘に大歓声が上がった。

 さらに王女を守ったということもあり、ウリンに好意的な声援が送られる。

 誰もが試合終了と思った瞬間、ウリンは魔力を感知した。

 視線を向けると、最初に吹き飛ばした冒険者の一人が魔法詠唱を行っていた。

 完成間近の魔法を止める術はなく、王女の側へ急行する。

 しかし――


「〈電撃弾スタン・ショット〉」


 王女の放った魔法が、魔法を発動しようとしていた男に直撃。

 意識を失うと同時に魔力は霧散した。


「さすがに、何もしないわけにはいきませんので」

「ほう。やるじゃねぇか」


 そして試合終了の鐘が鳴り、闘技場は大歓声に包まれた。

 王女の名を呼ぶ声に応え、手を振る王女。

 何事もなく済んだと気を抜いたその時――


「……おっと。こんな白昼堂々暗殺とは随分と焦ってるみたいだな、あんたの主は」

「――っ!?」


 王女の影から飛び出した暗殺者の短剣を掴む煉。

 確実な時を狙って出たはずが妨害され、暗殺者は動揺し顔色を変えた。

 短剣の刀身は溶け、目の前の煉から放たれる威圧感で、暗殺者は膝から崩れ落ちた。

 そこを逃さず、ガイアスが連れてきた警備隊に捕らえられ、連行されていく。

 そして本当に落ち着いたころ、煉はウリンへ挑発的な笑みを向けた。


「ウリン、貸し一な」

「てめっ……クソがっ! 叩き潰してやるからなぁ!!」

「まだお前と当たるか分からねぇが、望むところだ」


 ニヤニヤと笑う煉とそれを睨みつけるウリン。

 そんな二人の間で、ポーっとぼんやりしていた王女は心ここにあらずだった。

 王女の下へ駆け寄ってきたナナキに回収されるまで、王女はずっと煉から視線を外すことはなかった。



 第三グループ勝者……「双槍の猛犬」ウリン、「瑠璃の乙女」リルマナン王女





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