第246話 呼び出し

 二次試験は準備が出来次第開催するということになった。

 これは、招待している周辺国の王侯貴族などが揃うのを待つための期間だと、煉は推測した。

 全来賓が揃うまで最低でも一週間はかかる。

 つまり、受験者たちには一週間の準備期間が与えられることとなった。

 その短い時間で、どれほど自分の力を高められるか。己のコンディションを維持するため各自時間を有効活用しなければならない。

 そんな中、煉はひとりギルドマスターに呼び出されギルドへと向かった。

 呼ばれなかったコノハとイバラはソラの散歩という名目で、何件か依頼を受けることにしたようで、煉が目を覚ました時にはすでにいなかった。

 アイトはいつも通り、部屋に籠って魔道具を作成しているか、もしくはクレアの工房に押しかけ知識を深めている。

 正直、煉もギルドマスターの呼び出しよりも優先したいことがあったのだが、大事な話と言われれば断ることはできなかった。

 ギルド内に足を踏み入れると、視線が煉へと集中する。

 いまや誰もが注目する話題の冒険者だ。居心地の悪い視線は甘んじて受けるしかない。

 そして、当たり前のように絡んでくる者もいる。


「やあ、イカサマの『炎魔』くん。一体どんな手品を使ったのかな?」

「……またお前かよ。いちいちめんどくせぇ奴だな」


 煉の顔を見るなり、近寄ってくるギル。

 顔を合わせるたび絡まれるため、煉はいい加減鬱陶しく思い始めていた。


「僕は君の卑怯な手口が許せないだけさ。あの時連れていた魔族は君の協力者かな? わざわざ試験のために魔族と共謀し、自作自演の捕縛劇をするだなんて。まったくずる賢いというか」

「どうして俺がそんなめんどくさいことしなきゃなんねぇんだ?」

「決まっているだろう? 自分の実力では試験に合格できないから、こうして卑怯な手を使わなければならないんだ。でも、安心してくれたまえ。二次試験では僕と同じグループだからね。君の卑怯な手は僕には通用しない。偽りの英雄譚も……どこに行くのかな? まだ僕が話しているというのに、無神経ではないかい?」


 ギルの話を聞いていることすら無駄に感じた煉は、その場から離れアリシアの下へと向かった。

 しかし、執拗についてくるギル。

 どうしても相手をしなければならないようだ。


「人の話はちゃんと聞くべきだ。そんな当たり前の事すらできないとは、人としてどうかと思うよ」

「勝手に言ってろよ。何が正しいか、その時になったらはっきりするしな。お前の相手をしている時間なんて俺にはないんだ。とっとと失せろ」


 それだけ言って煉はギルの側を離れる。

 背中越しにギルが何かを言っていたみたいだが、煉の耳には届かなかった。

 今にも剣を抜きそうになっていたギルは、周囲に侍っていたパーティーメンバーの女性たちに抑えられそのままギルドを去って行った。


「ふふ。大変そうですね、レンさん」

「……そう思うなら見てないで助けてくださいよ」

「か弱い受付嬢にAランク同士の喧嘩の仲裁をしろと? なかなか酷なことをおっしゃいますね。――どうぞ、こちらへ。ギルマスととある方がお待ちです」


 そうしてニコニコ笑顔のアリシアに案内され、ギルドマスターの部屋へと通される。

 部屋の中には、ガイアスと見覚えのあるメイド服を着た女性の姿。

 さらに見覚えのあるドレス姿の高貴な美少女がそこに居た。


「よぉ、王女さん。無事に一次試験は通過したみたいだな」

「貴様! 姫に向かってそのような態度を! 敬えと言っているだろうが!!」

「ナナキ、落ち着きなさい。アグニ様、この度は足をお運びいただきありがとうございます。ガイアス殿」

「はっ。レン、リルマナン王女殿下から指名依頼だ。武闘大会中の護衛を頼みたいそうだ」

「また護衛か。今度は何だってんだ?」

「サイラスに調査していただきました。武闘大会の来賓にお父様だけでなく、お兄様たちもいらっしゃるそうです。武闘大会に乗じて私の命を狙っているのではないかと」

「サイラス様の調べでは、二次試験の通過者の中に数名、王子たちの手の者が紛れ込んでいるらしい。ただ、どれがその人物かまでは判明していないのだ。だから、姫の身を守るために護衛を頼みたい」


 王子たちは未だリルマナン王女殺害を諦めていないらしい。

 どんな手を使ってでも王女を排除し、自分たちが王位につくことしか考えていないようだ。

 面倒事が重なり、煉は大きなため息を吐く。


「……護衛って言ったって、俺と王女さんはグループが違うだろ? どうしたって試合中は手を出せないぞ」

「それは……ガイアス殿のお力でもできないのでしょうか?」

「残念ですが、冒険者ギルドは国に従事している組織ではないのです。たとえ、王女殿下のお言葉でも、組み合わせに手を加えることはできません。我々は何よりも公正でなくてはなりません」

「そう、ですね……。無理を言いました。申し訳ございません」

「い、いえっ! 王女殿下がそのように頭を下げる必要など」

「姫! 王族がそう易々と頭を下げてはなりません!」


 王女が頭を下げたことでわたわたしている中、煉はひとり考え込んでいた。

 そして、先ほどアリシアに渡された二次試験の資料を開き、各グループの組み合わせを確認した。


「……もしかしたら、何とかなるかもな」

「なんだと!? 言えっ! さあ、早く! とっとと言え!!」

「こら、ナナキ。アグニ様、どうにかできるのでしょうか?」

「ああ。俺が手を出せないのなら、別の奴に任せればいい。あんたと同じグループで確実に信頼できる奴がいる」

「それは一体……」


 感情は抑えているが、期待に目を輝かせる王女。

 煉は一呼吸置いて、告げた。


「――”番犬”を飼えばいい。あいつは一方的に女を傷つけることを良しとしない。ガサツで好戦的で荒っぽい奴だが、あいつの信念だけは、信頼できるさ」




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