第244話 結果発表?

 開始から三日後の夜、ギルドの一階に受験者たちが集っていた。

 周囲では一次試験の結果が発表されると聞いた野次馬の冒険者たち。

 誰が通過するかで賭けを始める者もいる。

 そんな野次馬たちの中に、煉の帰りを待つイバラとアイトの姿もあった。

 イバラの膝上には小型犬サイズになったソラが丸くなって眠っている。

 とても”災厄の獣”とは思えない可愛らしい姿に、副ギルドマスターのアリシアも骨抜きにされていた。


「はぁ……可愛いですねぇ」

「アリシア、いつものお澄まし顔が崩れてるじゃないか。ついに、男が捕まらないからって、ペットで寂しさを紛らわせようとでも思い始めたのかい?」

「……いい度胸ね、クレア。副ギルドマスターの権限で、貴方への使命依頼を増やしておくわ。そうね……三か月くらいは家に帰れないと思いなさい」

「嫌がらせにしては質が悪いじゃないか! 勘弁しておくれよ!」

「ふんっ!」


 自分を挟んで睨み合う二人に、イバラは苦笑いを浮かべていた。

 三人と同じテーブルにいるにも関わらず、アイトは自分のノートを見て何かを呟いている。


「魔獣の素材にこんな組み合わせが……相反する性質を持つ二つの素材を合わせるために、別の素材を用いるとは……まだまだ知らないことが多いな。勉強になる」


 リヴァイアに来てから、アイトはずっとクレアの工房に通っていた。

 クレアの装備制作を間近でずっと見学し、自分の研究に役立つか試行錯誤を繰り返していたのだ。

 すると、四人が座るテーブルに金の鎧を纏った青年、ギルが近づいてくる。


「こんばんは、イバラさん。そろそろ心変わりしているだろうと思って、また勧誘に来ました。どうでしょう? 我が『剣聖会』への入会は?」

「え、いや、あの……嫌って言ったはずですけど……」

「それは一時の気の迷いだ。貴方のような優秀な人材が、燻っているのを見過ごすわけにはいかない。そろそろ、奴にも愛想を尽かす頃でしょう。貴方は『剣聖会』に来るべきだ」

「だから、お断りしますと」

「何も、奴と一緒にいることにこだわる必要はない。どうせ、奴はSランクになんてなれないのだから。ここに戻ってきていないことが証拠だ。大した成果を挙げられなかったから逃げたに違いない。偽りの功績で見栄を張るからこういうことになるんだ。まったく……哀れな少年だ」


 やれやれと呆れたように肩を竦めるギルの言葉に、イバラの眉がピクリと動いた。

 さすがに我慢の限界を感じ反論しようとした時、ギルド内が静寂に包まれた。

 階段の上からギルドマスターであるガイアスが姿を現したからだ。

 それに合わせ、クレアとアリシアが立ち上がりガイアスの下へと向かう。

 階段の中腹辺りで立ち止まったガイアスは、ギルド内を見渡し試験の終了を告げる。


「時間だ。これにて一次試験は終了とする。三日間の様子は逐一確認させてもらっていた。いろいろとあったようだが、そんなトラブルも冒険者には付き物だ。それ込みで判断させてもらう」


 おそらく煉らを襲った妨害工作のことを言っているのだろう。

 その威圧感に耐え切れず、数名が目を逸らしたのをガイアスは見逃さなかった。


「ふむ。何か良からぬことをした輩がいるみたいですが、早く一次試験通過者を教えてください。まあ、僕は当然のごとく通過しているはずですけどね」


 自信満々な様子で髪をかき上げるギル。

 後ろで侍る女性たちからキャーという声が上がり、周囲の冒険者たちの苛立ちが募る。


「まあ、そうだな。それでは一次試験の通過者を発表する」


 ガイアスがそう告げると、ギルド内に緊張感が漂い始めた。

 唾を飲む音すら聞こえそうなほどの静けさ。

 しかし、そんな空気を壊す声がギルドの外からだんだんと近づいてくる。


「お前が変に寄り道するから、こんな遅くなっちまったじゃねぇか」

「ウチのせいじゃないもん! 目の前におっきなブタさんが出てきたら追いかけるでしょ? せっかくのご飯を逃がすわけにはいかないじゃん!」

「あれは豚じゃなくて猪だ……って、そんな話をしてる場合じゃないんだが。どうすんだよ。時間過ぎてるからって不合格にされたらどうすんだよ。あのハゲ、頑固だから許してくれないかもしれないだろ」

「あ~! 今、悪口言った~! 確かにあのおじさん、強面で髪の毛ないかもしれないけど、ハゲとか言っちゃいけないんだよ。お師匠も言ってたよ。『ハゲとスキンヘッドは別物だ。一緒にしちゃいけないよ』って。まあ、お師匠はたぶんハゲてるけど。もう百歳越えてるし」

「お前の方が悪いだろ――あ、着いた。え……何この空気。おもっ」

「ウチ、注目されてる? なんで? 強くなったってこと? お師匠が『強者は誰からも注目される』って言ってたし、やっぱりそうかも!?」


 甚だしいほどに勘違いをするコノハは、煉の周りをグルグルと駆け回る。

 その際引きずられているダヴィンを、煉は哀れに思っていた。

 そして顔を上げた煉がガイアスに睨まれていることに気づき、ハッとする。


「やべっ。さっきの聞こえてたかも……」

「え……? ダメじゃん、それ……」

「……ハゲとは、俺のことを言っていたのか? なあ、レン?」


 こめかみに青筋を立てているガイアスは、拳を握りしめ今にも殴りかかりそうなほど凶悪な顔をしていた。


「アリシア!! 一次試験通過者のリストを作成して、掲示板に張っとけ!! 俺は……別の用事ができたからな」

「はぁ……わかりました。まったく……レンさん、今回は自業自得なのでちゃんと罰を受けてくださいね。それでは、皆さん。急遽予定が変わりましたので、今日は解散とします。明日の朝、通過者の方々の名を掲示版に張っておきますので、ご自身でご確認ください。それでは」


 アリシアは一礼し、受付の奥へと戻った。

 それに合わせ、ガイアスが階段を降りて煉へとゆっくり近づいていく。


「ま、まずい! コノハ、説得しろ! 少女が相手なら手加減してくれる、というか止まるはずだ! おじさんとはそういうものだ!」

「ず、ずるいよ! さすがにウチでも、あれは怖いって! そ、それと、おじさんに対するヘンケンが酷すぎるんじゃないかな!?」

「テメェら!! 大人しくしやがれ!! すぐに終わる」

「「――撤退!!」」


 煉とコノハは一目散に逃げだした。

 それを見たイバラとアイトは、いつも通りの煉の様子に安心し宿へと帰っていく。


 そして、二人の逃亡劇は明け方まで続いた。

 結局、二人が捕まるまでガイアスが止まることはなく、明け方の空に彼の怒声が響き渡る。

 その日、ガイアスの怒声が一日の始まりを告げる目覚ましとなったのだった。






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