第243話 弔いの炎

 ダヴィンの研究所を後にした煉は、洞窟を出てそこからまた山頂付近を目指し登っていく。

 手には煉の炎にさえ耐え抜いた火竜の頭。後方にはダヴィンを引きずるコノハ。


「お兄さ~ん。まだ登るの~?」

「本来の目的はこっちだ。たまたま通り道に妙な魔力を感じたから寄り道をしただけで、研究所を潰したのはついででしかない」


 煉は山の麓に着いてからずっと肌を刺すような威圧感を感じ取っていた。

 その原因が山頂付近にあるということもわかっていた。

 それでも、途中で見つけた不審な洞窟を見逃すわけにもいかず寄り道を選んだというわけだ。

 寄り道が功を奏し、魔族の企てを止めることができ、最悪の事態を免れたことは大きい。


「さっきの……キメラ?だっけ? 難しいことはウチにはわからないけれど、この魔族さんが悪いことしてたっていうのは分かったよ。これで解決じゃないの?」

「確かに事の発端となった元凶は、ダヴィンが研究所をあそこに作り、”キメラ”製造をしていたからだ。だが、あそこには足りないものがあった。何かわかるか?」

「わかりません!」

「素直なのは良い事だが、少しは頭を使えよ……。ダヴィンが作ったキメラ、その最高傑作は竜頭牛体で山羊脚のあれだ。ソニックゴートとキングミノタウロスは別のキメラにも使用されていた。しかし、火竜は頭だけで他の部位は何処にもない。いくらキメラの効率的な製造法を生み出したからと言って、下手に火竜の素材を無駄にするわけにはいかないわけだ。

 つまり、どういうことかと言うと……」


 山頂を目前にして、煉は立ち止まる。

 まるで何かに目を奪われているようだ。

 気になってコノハが煉の後ろから顔を出す。


「わぁ……」


 山頂には、頭部の無い火竜の死体が放置されていた。

 既に息絶え、動く気配はないというのに、山頂は火竜が放つ強大な魔力が渦巻いている。


「死して尚、その存在感は衰えず……素晴らしいな。これほどの威圧感は、おそらく上級竜か……」

「わぁわぁわぁ! すごいね、あれ! カッコいいね!!」


 静かに感動を噛みしめている煉の横で、興奮したコノハが飛び跳ねていた。

 コノハは竜は見ること自体が初めてだったのだ。

 煉は首元に竜の頭を置き、満足げに頷く。


「これで完璧だ。やっぱりドラゴンは浪漫だよなぁ」

「お兄さん、このトカゲさん好きなの?」

「トカゲじゃない。”ドラゴン”だ。それに、好きなんてもんじゃない。いないと思っていたんだ。”ドラゴン”なんて幻想で物語の中にしか存在しないはずだった。だからこそ、憧れたんだ。それが今……こうして目の前にいる。あんなクソ天使が召喚した紛い物じゃなく、翼の無い下級竜でもなく、まさに理想通りの”ドラゴン”だ」


 滅多に見せない子供のような笑顔を浮かべ、いつになく饒舌に話す煉。

 いつの日か憧れた存在をこうして目にし、興奮を隠しきれないようだ。


「すっごい大好きなんだね! それでこのドラゴンさん、どうするの?」

「冒険者としては、竜の死体を持ち帰るのが正解だろう。だが――そんなことはしない。この竜は、この場で弔う」

「いいの? あとでギルドマスターのおじさんに怒られちゃうかもしれないよ?」

「構わないさ。『龍殺し』は冒険者なら誰もが憧れる名誉だ。しかし、それは真っ向から立ち向かった時にこそ得られるもの。こんな形でその栄誉を受けたくはない。

 それに……尊厳を汚されたドラゴンを、これ以上辱める必要はない。ここで放置し続けても、ドラゴンゾンビになって面倒なことにもなるしな」


 そう言って煉は両手を合わせ、黙祷。

 魔力の高まりを感じたコノハは、煉から少し距離を取った。


「――〈弔いの魔炎フュナス・イグニス〉」


 煉の両手から白い炎が溢れだし、火竜の死体を包み込んでいく。

 位の高い火竜は炎で燃えることはなく、煉の蒼炎ですら燃やすことはできなかった。

 しかし、白炎は火竜の体を悉く灰と化していく。

 それは燃やすというより、浄化に近い作用だった。

 大罪魔法に聖なる力は宿らない。しかし、”ドラゴン”に対する煉の想いが、ドラゴンの尊厳を汚したことに対する煉の怒りが、正反対の力を炎に与えた。

 白炎が消え、残された竜の遺灰は風に吹かれ空を舞う。

 煉はフッと笑い空を見上げた後、踵を返し山を下りていく。


「やることは全部やった。後は帰って試験の結果を聞こう」





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