第241話 八つ当たり
洞窟の最奥には広大な空間が広がっていた。
その空間を埋め尽くすほどびっしりと並べられた魔獣の死骸。
魔法でコーティングされた水槽に入れられ、一目見てわかるようにされている。
おそらく、いや確実に何かの実験施設のような場所だと判断できた。
「……よくこんだけの種類集めたもんだな。これまで見た魔獣も、ここでの実験の産物ってことか」
感心しながら歩いていると、精緻に並べられた水槽の奥、ひと際大きな水槽が設置されていた。
その両脇にはこれまで見たものと同じサイズの水槽が二つ置かれ、中には一部分焼失している魔獣の死骸が入っていた。
なぜ欠けた死骸があるのか、その答えは中央にある巨大な水槽の中にあった。
「……トカゲっぽい頭に、動物らしき体、ねぇ……」
それはあまりにも突飛で猟奇的なもの。
違う生物の体を掛け合わせ、一つの生き物を生み出す禁忌指定の研究。
「――”
「この場所まで辿り着くムシケラがいるとはネェ。さすがのボクでも驚きを隠せないのだヨ」
巨大水槽の裏から、白衣を纏い片眼鏡をかけ、やせ細った男が姿を現した。
特徴的なのは、真黒な肌と頭頂部に生えた二本の小さな角だろう。
それだけで、ただの人ではないことがわかる。
「吃驚したのはこっちも同じだ。――魔族がこんなところで研究ごっこか?」
「随分と生意気な口を利くムシケラだネ。この崇高な作品を理解できないなんて……所詮その程度ということサ。君には二択が与えられている。ボクの研究の礎になるカ、ただただ無惨に殺されるカ。それだけサ」
「どっちもごめんだ。それに……こんなものが崇高な作品? 冗談は顔だけにしてくれ」
魔族の言葉を鼻で笑い、呆れ果ててため息を吐く。
煉の態度で、魔族はこめかみをピクピクとさせている。
激昂し、今すぐにでも煉を殺したいと思うのだが、ただ殺すだけでは意味がない。
いかに、自分の実験を世に知らしめるか、ただそれだけが思考を埋め尽くしていた。
「誰も理解しなイ。見ようとすらしないのダ。ボクの研究が大いなる歴史を作るのだト。魔将軍は不気味だと罵っタ。木っ端魔族の脳筋連中は力こそ全てだと頭の悪い言葉しか言えなイ。魔界にいたところで、ボクの研究は発展しなイ。だからこそ、こうして人間界でボクの研究を知らしめるのダ。この研究が、世界を変えるのだト!
近々Sランク昇格試験なるものが開催されると聞いタ。それに合わせ一つの街にムシケラが集まってくるとネ。丁度いい。まずは街にボクの作品を解き放とウ。
世界に恐怖と共に刻み込むんダ! ボクの――合成魔獣研究者ダヴィンの名をネ!」
高らかに笑い声をあげる魔族の男――ダヴィンの話にうんざりした煉は、めんどくさそうに顔を顰め、一言だけ言い放った。
「――ナンセンス」
「……なんだっテ? もう一度、言ってごらんヨ」
「全くもって、ナンセンスだ」
「ムシケラに……ボクの研究の何が――」
「火竜の頭をキングミノタウロスに乗せるとか、ありえない!」
煉の叫びが木霊する。
ダヴィンは一瞬何を言われたのか理解できず、首を傾げて固まった。
そんなダヴィンを無視し、煉は続ける。
「竜は……”ドラゴン”は既に完成された存在だ。頭の天辺から爪の先まで、全てにおいて完璧な存在なんだ。
その強さも勇壮さも荘厳さも美しさも、どんな言葉を用いても、”ドラゴン”を表現するには足りない! それだけ夢みたいな存在で、カッコイイんだ!
だからこそ、その憧れに手を伸ばし『
なのに……お前はその全てを台無しにした。憧れの詰まったドラゴンの全てを穢したんだ。
お前の研究が悪だとか、倫理観に反するだとか、禁忌を侵すなとか、誰にも認められないとか、そんなこと全くもってどうでもいい!!
これは……ただの八つ当たりだ。そうだ。俺が勝手に怒り、それをぶつけるだけだ。俺の前でドラゴンの存在を穢したこと――後悔しろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます