第239話 勝手に始まる闘い

 夜明けとともに、煉は再び山へと向かって歩き始めた。

 本来三日かかる道を、二日後には街へ戻らないといけないため、かなり早足で進む。

 途中で山を追われた魔獣に遭遇するも、大した脅威ではないと無視し数時間で山の麓へ辿り着いた。

 すると、煉と同じことを考えていた他の受験者の姿がちらほら視界に入る。


「まあ、元凶排除が一番妥当なところだからな。同じことを考えはするか」

「あ! あの魔法使いのお姉さん、強そう! それに、あっちの槍持ってるおじさんも! あそこの眼鏡かけてるおじさんもいいなぁ……うずうずしてきた」

「俺以外の奴なら、好きに喧嘩ふっかけてきていいぞ」

「ほんと!? いや……そんなことしたら、お兄さんが一人でどっか行っちゃう。それはダメかも……うん。我慢我慢。ウチ、ちゃんと我慢する!」


 思惑が外れ、煉は舌打ちをした。

 コノハも見境の無い戦闘狂というわけではないようだ。


「スンスンッ。お兄さん。この山、わいばーんがいっぱいだね。それになんだか威圧的な感じがする……」

「犬……いや、犬でもそんなことしねぇな。匂いで何がわかるんだよ」

「強者は独特の匂いを放っているって、お師匠が言ってたんだよ! だから匂いでいろいろ分かるんだ! でも、お師匠はウチのこと、変な奴だって言ってたけど」

「あー……なんかわかるかも」


 妙な納得感を得てしまった煉は、ちらりとコノハに視線を向け大きく息を吐いた。


「え、なんで? どういうこと??」

「お前は分からなくていい。それよりも、とっとと上まで行かねぇと先越されちまうな。明日の夜にはギルドに戻ってないとだから、五時間くらいか。余裕だな」

「――おいおい、俺がこの場にいるって気づいていながらそんなこと言えるたぁ、随分と舐めた口聞くようになったじゃねぇか。なあ、『炎魔』よぉ?」


 近くの木の上に立ち煉とコノハを見下ろす双槍の男。

 獰猛な笑みを浮かべ、槍を振り回している。


「あの時とは比べ物にならないほど、強くなったみたいじゃねぇか。誰もが夢を見る庭園の景色はどうだったよ?」

「最高だったさ。確かにあれは、冒険者の誰もが夢を見ずにはいられない。そんな景色だった。お前に見せてやれなくて残念だ。『双槍の猛犬』ウリン」

「そう思ってんならもう少し言葉に感情込めやがれってんだ。ったく……言っておくが、いくらお前が相手でも今回は譲らねぇぞ。この上にいるのは俺の獲物だ」

「バカ言え。お前はそこでこそこそしてる屍マニアと仲良くワイバーン退治でもしてろ」


 そう言って煉はウリンのいる木とは反対側にある木を指さした。

 すると、魔術師の女性が姿を現し、被っていたフードを取り顔を晒す。

 鮮やかな紫の美しい長髪が、白い肌の繊細さをより際立させる。

 女性は一瞬ウリンを睨みつけた後、煉へ恍惚とした笑みを向けた。


「こぉんな粗野な男と仲良くだなんて……死んでもごめんだわ。こんなのより、私はレンちゃんとな・か・よ・く、したいわぁ」

「それは俺のセリフだ。お前みたいな気色悪い女、誰が仲良くなんてしてやるか! それより、レン! いつかの決着をつけようぜ。お前なら、簡単に壊れはしねぇだろ」

「あら、ダメよ。レンちゃんは私とイイコトするんだからぁ。野蛮なワンコはあっち行ってなさい」

「あ? テメェこそ、そこらに転がってる死体でも漁ってやがれ」

「ふふ。死の美学すら理解できないワンコはこれだから。人が手を付けたモノに美しさも芸術性なんて欠片もないわ。そんなことも分からないワンコには、私の手でこの美学を刻み込んであげるわ」


 妖艶な笑みを浮かべる女性――『屍鬼』のヨミは杖を構えた。

 足元の陰が蠢き、彼女の支配する屍たちが彼女の命令を今か今かと待ちわびている。

 それに対抗し、ウリンも双槍を構え応戦。口元は楽しそうに歪んでいる。


「先にお前を壊すのも楽しそうだ! せいぜい足掻いてみせろ!!」

「ふふふっ。野蛮ワンコには地べたがお似合いよ。叩きつけてあげるわ!」


 そうして、煉を放置しAランク同士の激しい戦闘が始まった。

 そして煉は――


「……今のうちに行くか」


 ワクワクして目を輝かせているコノハの首根っこを掴み、その場を離れ山を登っていくことにした。

 本来の目的を忘れた二人が煉を追いかけるのは、二時間経った後のことだった。





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