第236話 Sランク昇格試験、開始
「――今から一次試験を開始する! 今から三日間、外の魔獣の掃除をしてもらう。すでに知っていると思うが、ワイバーンの目撃報告が多い。周辺の村などに被害が及ぶ前に対処したい。とある方法でお前らの動きは監視している。下手な行動を取れば即失格は免れないと思え。これだけAランクの冒険者が揃っているんだ。期限は三日。三日後の夜、ギルドにて結果を発表する。街のために尽力してくれ!」
◇◇◇
ガイアスがそう宣言してから、受験者たちは即座に行動を開始した。
その中のほとんどはパーティーで行動している。
単独で動いているのは煉やコノハを除けば、十人弱。
全員が高位冒険者なだけあって、迷うことなく足を進める。
そんな中で煉はひとり、ゆっくりと歩いて目的の山へと向かっていた。
「――ねぇねぇ、お兄さん? なんでこっち来たの? 全然魔獣いないけど。それに、こんなゆっくりしてたら他の人たちに先越されちゃうよ?」
煉の後ろを黒髪の無邪気な少女が付いて歩いていた。
「……なぜ、付いてくる?」
「え~、だって、お兄さんに付いていった方が面白そうだもん♪」
「俺に付いてきたって、ポイントは稼げないぞ」
「ウチ、別にSランクとか興味ないし。お師匠に『お前はもう少し世界を見てこい』とか言われたから来ただけだよ。それに――強い人と闘いたいだけだから、ね♪」
少女の外見とはかけ離れた戦闘狂っぷりに、煉がため息を吐く。
その時、近くの茂みからガサガサと物音がした。
少女は瞬時に警戒し、構えを取る。
全身の力は抜け、獣が獲物を狙うような前傾姿勢。視線は一点に注がれている。
茂みから飛び出してきたのはただのウサギだった。
「……まだ普通の小動物もいるのか。餌になって食べ尽くされてると思ったがな」
「シャー!! ご飯!!」
「――ステイ!!」
煉は勢い良くウサギに飛びかかろうとしたコノハの首根っこを掴んだ。
突然動き出したことに驚いたウサギは、一瞬ビクッっと体を震わせると一目散に逃げていった。
「あー!! ご飯が! なにするのさ!?」
「お師匠が『シシはウサギを狩るのも全力を出す』って言ってた。だから、獅子王拳の使い手として、ウチはウサギを全力で狩るのだ!」
「絶対言葉の意味違うと思うが……お前がバカなのはわかった」
「むぅ。バカとはなんだー!」
じたばたと暴れるコノハを適当に放り投げ、煉は先へ進む。
しばらく歩いていると、小さな振動や爆発音が聞こえるようになった。
「どうやら、他の奴らは派手にやってるみたいだな」
「ねぇねぇ、いつまで歩くの~? ウチ、飽きてきたぁ……――そうだ! お兄さん、お兄さん! おんぶして!」
「断る。少し街道を離れただけでこんな森があるとか、どうなってんだこの世界は。森の近くに街なんて作るんじゃねぇよ」
後ろでブーイングしているコノハを無視し、煉は周囲に目を向けた。
街と街を繋ぐ街道から少し外れるだけで、魔獣犇めく森へと景色が変貌する。
辺りは一面樹々。この世界に来てから森を歩くことが多くなったと感じる煉だった。
「お空にわいばーん?が飛んでるのに、どうして無視してるの?」
「飛んでるワイバーンの体色は緑だ。ワイバーンは色によって性格が異なる。緑と青は温厚で、本来人を襲うようなことはない。しっかりと躾けて訓練をすれば騎獣にもなれるほど賢い。対して赤と黒は好戦的。自分の縄張りに侵入した者、視界に入った獲物全てに襲い掛かる。それでいて強者との差を理解できるほどの知能はあるから、自分より強い者の下に付くことも多い。さて、今の話を踏まえて俺が空を飛んでいるワイバーンを襲わない理由が分かるか?」
「え!? えっと……えっとぉ……――はっ! わかった! わいばーんが強くないからだ!」
「やっぱりバカだったか……」
「またバカって言ったぁ!!」
やれやれと肩を竦める煉とその後ろで頬膨らませてむすっとしているコノハ。
その光景はまるで仲良し兄妹みたいだった。
煉の少し楽しそうな様子で笑みを浮かべている。
そのまま煉は後ろを向いた。
「それにしても――さっきから、ずっと後をつけてきてなんか用か?」
「え!? 今さら、そんなこと聞くの? さっきも言ったんじゃん」
「お前じゃねぇわ」
煉が手をかざすと、コノハの背後に炎壁が出現した。
吃驚したコノハが後ろに目を向けると、数本のナイフが二人をめがけ迫っていた。
ナイフは炎壁に阻まれ、火力に耐え切れず焼失した。
炎壁が消えると、少し離れた木の上に、暗殺者のような恰好をした男が立っていた。
「随分なご挨拶だな?」
「『炎魔』……やはり危険。無視できない存在。排除すべき。覚悟!!」
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