第235話 試験前日
顔合わせから時間が経ち、一次試験の前日。
煉はこれと言って特に何か準備をしていたわけではなく、いつもと変わらない日々を過ごしていた。
それでもギルドで最低限の情報収集は怠らない。
最近増えているという魔獣出現について、アリシアや街の住人、街道を通る商人などから話を聞いていた。
三人はギルド内にある酒場のテーブルの一角で、集めた情報を整理していた。
「一番厄介なのはワイバーンだな。あいつら飛ぶし」
「……レンもいつも飛んでるだろ。それよりいいのか? 一次試験はパーティでの参加が認められているって話だ。俺たちは何も手伝わなくて」
「どう考えたって過剰戦力だろ? 実質Aランク三人と”災厄”の獣。単なる魔獣討伐なら俺一人で十分だ」
「冒険者としての実力を見ると言っていましたから、索敵に討伐、それに解体や周囲への影響をどれほど考慮できるか。そう言った部分を見るのだと思います。それくらいでしたら、私たちの誰でもできますからね」
三人とも、冒険者として必要な最低限の基礎知識や技術は習得している。
もし一人で行動することになっても困らないようにと、煉が二人に叩き込んだのである。
「それにしても、この辺でワイバーンを見かけるっておかしな話だよな」
「少し歩いたところに山がありますし、山頂にはワイバーンの住処があるみたいですから。……それでもあまり山から下りてこないはずですけど」
「山にワイバーン以上の魔獣が棲みついた、とかならあり得るかもな。ワイバーンが山を下りたことで、麓にいた魔獣が押し出されるように街周辺に現れ始めた。そんなところだろ」
「ワイバーンより強力な魔獣って……。それこそ限られてくるんだが、どうするんだ?」
「そんなもん――」
「――そいつを討伐するに決まってるじゃないか!」
快活な声と共に、三人の下へクレアがやってきた。
手には布にくるまれた長物。
空いているイバラの隣の席にドカッと腰掛け、当たり前のように酒を注文し始めた。
「突然現れて人のセリフを取るんじゃねぇよ」
「細かいことをグチグチ言ってんじゃないよ。さっきの話の続きだがね、今回の試験は街周辺の問題を片付けることも兼ねているんだ。だとしたら、その原因を解決したなら問答無用で合格になるってことさ」
「……いいのか? そんなこと話して」
「こんなもん少し考えればわかるさ。こんなことも分からない奴がSランクになれるわけないだろ? それを理解している奴はこの一週間で山に足を運んでいるよ。こんなところで暇してるあんたと違ってね」
そう言ってクレアは煉にジト目を向けた。
そんな視線を受けるも、煉はただ肩を竦めるのみ。
するとクレアは声を上げて笑い、持っていた長物を煉の前に置いた。
「まあ、レンがそんなことするとは思わないけどね。それよりほら、頼まれてたやつだよ。自分の得物は大事にしな。次やったら本気の折檻だ。覚悟しな」
「お~! 助かるよ。……今回はまあ、成り行きと言うか……もうこんなことにはならないようにするさ。大事に使わせてもらう」
目の前に置かれた長物に巻かれた布を取ると、一振りの太刀が姿を現した。
刀とは思えないほどの存在感を放つそれを手に取り、煉は軽く抜刀する。
黒い鞘に包まれた刀身は、煉の髪の如き深紅で綺麗な刃文が浮かびあがっていた。
微かに魔力を纏う太刀にアイトが興味津々な様子でうっとりと眺めている。
「今回のはあたしの中でもかなりの力作だよ。あんたが持ってきた火竜の鱗、牙、爪にミスリルを少し混ぜ魔力伝導率を高めたのさ。あんたの火力に耐え切れず刀身が溶けちまったって聞いたからね。前のよりは耐炎効果も上がってるはずだよ」
アイトがクレアの話をメモし、ぶつぶつと何かを呟いている。
その横で煉は軽く刀を振り、滅多に見せない嬉しそうな表情を浮かべた。
「……いい感じだ。ありがとう」
「つってもあんた、自分の得物はあるんだろ? ゲンに聞いたよ。あんたらは自分の魂に武器を宿してるって」
「あれは秘密兵器だ。そんな日常的にポンポン使えるもんじゃない。こうして普通に良い刀を持っている方がいいんだ。それで、銘は?」
クレアはフッと笑うと、激励と共に銘を告げた。
「――『竜刀・神斬』。神殺しを為すんだろ? その偉業にふさわしい銘を浸けさせてもらったよ。だから……あんたがどこまで高みへ登れるか、あたしに証明してみな!」
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