第234話 少女からの挑戦状
一方的な説明だけをしたガイアスは、その場での質問を一切受け付けずそのまま部屋を出た。
それに合わせ受験者たちも足早に部屋を出ていく。
彼らの脳内では、すでに試験は始まっており、どのように他の冒険者を出し抜くかというイメージが繰り返し行われているのだ。
煉も同様にガイアスから告げられた試験内容を反芻し、今後の行動指針を確認していた。
そして煉たちも部屋を出ようと立ち上がった時、王女が小さな声で煉を呼び止めた。
「あの……――」
すると、そこへ王女の声をかき消すかのように、ギルが割り込んでくる。
また煉へやっかみを言いに来たのかと思いきや、煉を横切りイバラの前で膝をついた。
「先ほどは気が付かなかったが、可憐な少女よ。名をお聞かせ願えますでしょうか?」
「へ? 私ですか?」
予想もしていなかったことに、イバラは戸惑い煉を見た。
煉も呆れて言葉が出ず、肩を竦めるだけだった。
なぜなら、イバラはローブを深く被り顔を隠していたからだ。
認識阻害を掛けられているローブを纏い姿を隠すイバラの、どこを見て可憐だと判断したのか、ただそれだけが疑問だった。
「貴女です、麗しの君よ。さあ、名を」
「い、イバラですけど……」
「ほう。いい名だ」
そう言ってギルは、イバラを舐めまわすように見た。
ローブで隠されているというのにギルは何を見ているのか、疑問が残るばかり。
煉とアイトはお互い顔を見合わせ、二人して視線をナナキに向け助けを求めた。
当のナナキは我関せずを貫き、お澄まし顔で立っている。
「イバラさん、我が『剣聖会』へ来ませんか?」
「え、嫌ですけど」
クランへの勧誘を食い気味で断られたギルの貴公子然とした笑みが、引き攣り始めた。
それでも笑みを絶やさずにイバラを勧誘し続ける。
「そのようなことをおっしゃらずに、是非。貴女のような方が、日の目も見ず燻り続けているなど、放っておけません。どうか、この手を取って――」
「いえ、お断りします。私は、レンさんと旅をすると決めています。それに……なんだか貴方は生理的に無理です……」
刹那、時が止まった。
そして、イバラの横にいた煉とアイトがこらえきれず大声を上げて笑った。
「あっはははははは!!! 腹いてぇ! イバラがそう言うなんて、相当だな!」
「い、イバラちゃん。生理的に無理って……はははっ!! ダメだ! 耐えられねぇ!」
「だって……視線が気持ち悪いというか……。それより、貴方本当にAランクですか? それほど強くは見えないですけど……」
そう言われたギルは顔を真っ赤にし、怒り心頭の様子。
そしてその怒りの矛先は煉へと向いた。
「……貴様のせいか。覚えておけ。この僕を馬鹿にしたこと、後悔させてやるぞ!!」
それだけ言い残し、ギルは五人の女性たちを連れ大股で立ち去って行った。
ギルが去ったことで、煉も宿へ帰ろうと歩き出した。
「え? 私何か変な事言いました? なぜかとても怒ってましたけど……」
「いやぁ、笑ったわ。あれで、イバラもAランクだと知ったらどんな顔するか楽しみだな」
「そう言えば、イバラちゃんもAランクなんだよなぁ……。俺だけまだCランクだぜ……」
「こ、これから、ですよ! だから、そんなに落ち込まないでください」
「あ、あの――」
「――お兄さん♪」
王女が声を掛けようとした時、またしても阻まれてしまう。
一人の小さな少女が満面の笑みを浮かべ煉の前に立ちはだかった。
「コノハ、だっけ? 何か用か?」
「あれ? どうしてウチの名前知ってるの?」
「自分で名乗ったんだろ……」
「ああ、そうだったね。それよりお兄さん――ウチと勝負しよ?」
その瞬間、幼い少女の雰囲気が獰猛な獣へと変貌した。
身が竦むような威圧感が漂う中、煉は平然と問いを返した。
「勝負? どうせ試験で争うのにか? それに、どうして俺なんだ?」
「今日会った中で一番強いのはお兄さんでしょ♪ お師匠が言ってたの。強くなりたいのなら強者と戦うべし、って。だから勝負しよ?」
「……いいぜ」
「わーい♪ それじゃ、今すぐ」
「――ただし。二次試験まで残れたらな」
「え~。どうしてさ?」
「どうせならド派手にやりたいだろ。二次試験で対決することになったら……その時は、本気で相手してやるよ」
煉は不敵な笑みを浮かべ、コノハを挑発する。
対するコノハも楽しそうなに笑う。
「……いいの? 死んじゃうかもしれないよ?」
「お前じゃ俺は殺せねぇよ」
「んふっ。楽しみだなぁ……約束だよ、お兄さん♪」
二人は軽く拳を合わせ部屋を出た。
部屋の中には、残念そうに伸ばした手を見つめる王女の姿があった。
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