第228話 海賊

 翌日、船は予定通りに出航した。

 そして、船内では風魔法を利用した魔道具により船長からの注意喚起が行われた。


『乗客の皆様、「グランドアーサー」船長のハリスと申します。我が船は海洋都市リヴァイアに向け、出航いたしました。しかし、付近の海域にて海賊が集結しているとの情報が入りました。

 我が船にも緊急時に備え警備隊を配備しておりますが、正直に申し上げますと、集結している海賊の数に対抗できるかどうか……。

 そこで、乗船している冒険者、騎士の方々にご助力願いたいと思っております。

 もちろん謝礼はお支払いたします。安全な航海のため、ご協力をお願いいたします』


「……わざわざ船内放送で言わなくても」

「そうですね。非戦闘員の方々の不安を煽るようなものです」

「あらかじめ知っておいた方が心の準備ができるんじゃないか? それより、この声を流している魔道具が気になるんだが――」




 ◇◇◇




 そして出航から二日。

 予想していた通り、「グランドアーサー」は十数の海賊船に囲まれていた。

 進行方向を塞ぐように半円状に並ぶ巨大な帆船。

 おそらく、一隻百人は乗組員がいることだろう。

 船長や警備隊、乗船している冒険者や騎士数人は甲板に出てきた。

 彼らの後ろで、煉たちも待機している。

 中心の一番大きな船が近づき、船長らしき凶悪な顔つきの男が柄の悪い数人の下っ端を連れ、「グランドアーサー」へと乗り移ってきた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……ざっと五十人くらいか。これだけの人数で俺たちに歯向かおうって言うのか? 面白れぇじゃねぇか。なあ、野郎ども!」


 船長の声に続いて、海賊たちが野卑な笑い声をあげる。

 ハリスは緊張に顔を強張らせながらも海賊たちへ目的を問いかけた。

 それと同時にどこかで魔力を集めている気配を三人は感じた。


「き、貴様らの目的はなんだ……?」

「目的ぃ? んなモン決まってんだろうが! 俺たちは海賊だ! 殺し、犯し、奪う! ムクロ大海賊団に狙われたのが運の尽きってもんよ! 諦めて、全てを差し出しな!」

「くっ……海賊風情が……っ」

「おっと、下手なことはするなよ? うっかり殺しちまうからよぉ。一応この船を狙った理由はあるからなぁ。船長さんよ、”王女様”ってのを出せ」


 海賊から「王女」という言葉が飛び出し、ハリスは動揺してしまった。

 王女が乗っているのは機密事項のはずで、なぜそれを海賊が知っているのか、無意識に考えてしまったのだ。

 その思考が、海賊たちに確信を与えてしまう。


「やはり、この船で間違いねぇみてぇだ。野郎ども、船内をくまなく捜索しろ!」

『へいっ!!』

「――そうはいくか! お前たちのような外道に好きにはさせない!」


 魔術師のローブを纏った冒険者が海賊たちに向け火球を放った。

 こっそりと魔法を構築していたため、奇襲には成功したことだろう。

 それなりの傷を負わせられたのなら重畳。しかし……。


「なっ!?」

「……おいおい、いきなり魔法ぶっ放してくるとは、冒険者ってのは非常識なもんだなぁ」


 海賊たちは結界のような何かに守られ、傷一つ付いていなかった。

 傷一つない海賊たちの姿に焦りを感じた魔法を放った冒険者は、様々な魔法を構築しては放つ。

 しかし、結界を破ることはできなかった。

 さらに、他の冒険者や騎士たちが武器を手に斬りかかるも、効果なし。

 海賊たちは感心したように結界を眺めていた。


「こりゃあ、いいなぁ。『守護の指輪』……か。魔法も武器も無効化するなんて。略奪が捗るってもんよ」


 海賊たちは斬りかかってくる冒険者を、ただニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ見ていた。

 後方でそれを観察していた煉は、徐に刀を抜いた。


「ちょっと斬って……やべっ」


 抜いた刀を見ると、柄だけで刀身が無くなっていた。

 思い起こされるのは、空中庭園での事。

 刀身の耐久力以上の火力を刀に纏わせた一撃。あの時、刀身は溶けてなくなってしまったのだった。

 煉は刀を仕舞い、アイテムボックスから予備の小太刀を取り出した。

 そして一連の流れを何事もなかったかのように――


「ちょっと斬ってみるか……」

「ちゃんと見てましたからね。しっかりとクレアさんに怒ってもらいますから」

「……イバラさん。こういう時はそっとしておいてほしいものです」


 三人の周りだけ緊張感と言うものが存在しなかった。

 そしてさらに雰囲気を壊す男がいた。


「レン……レンっ! あれ、あれ欲しい! 『守護の指輪』だってよ! 魔法も物理攻撃も無効にする結界を常時展開だなんて!! ああ……分解してぇ……」

「わかった、わかった。子供かよ。どうやら全員同じ指輪してるみたいだし、いくらでも盗ってやるから」

「いや、あの指輪は受信体のようなモノだな。おそらく力の発信源となってる何かがある筈だから、指輪とそれもセットで」

「注文の多いやつだな……」


 呆れた表情でため息を吐き、煉はイバラへと向き直った。


「イバラ。そうだな……ソラと二人であの後ろで傍観してる十数隻、沈められるか? 目の前の旗艦は残してくれ」

「ソラと一緒なら、簡単です。ソラ、合わせてね。左側半分をお願い」


 イバラは杖を掲げ、魔力を高めた。

 それに合わせソラの体から電気がぱちぱちと弾け出した。

 海賊船の丁度真上、空が徐々に黒く染まっていく。

 誰もが突然の天候の変化に空を見上げる。

 そしてイバラとソラの魔力が最高潮に達した瞬間、イバラの鍵言とソラの咆哮が重なった。


「〈天の息吹トルネード〉」

「ウォォォ――――ン!!!」


 空から黒い雷が降り、激しい雷光で視界が白く染まる。

 さらに、海面に白い魔法陣が浮かびあがり巨大な竜巻が発生。

 船の半数を巻き上げ、上空へと連れ去っていく。

 半数は黒焦げになり海へゆっくりと沈み、巻き上げられたもう半数の船は真っ逆さまに落下していく。

 誰もが、海賊船に起こった自然現象に目を丸くした。

 海賊船は旗艦を残し何もかも海の底へと沈んでいったのだった。












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