第227話 リハビリ

 夜空に浮かぶ月と星に照らされた小さな島に、絶叫が響き渡る。

 焦り、恐怖、怒りを孕んだ悲鳴は、島に住む全ての島民の耳に届いた。

 その一夜は、記憶から色褪せることなく後世まで語り継がれることになるだろう。

 穏やかで平和な小島に残る不思議な出来事。

 しかし、悲鳴の真相について、島民が知ることはなかった。




 ◇◇◇



「――ぎゃぁぁぁ!!!」

「な、何だってんだ!? 俺たちが何したって言うんだよ!!」

「ボーっとしてんじゃねぇ! 早く逃げるんだよ!!」

「む、無理だって! 炎が……蒼い炎に囲まれてる!」


 小さな島にある、森の中。

 少し開けた場所で野営をしていた百名ほどの盗賊団。

 焚火を囲み、とある計画の前夜を楽しんでいた彼らに襲った悲劇。

 それは、深紅の髪を靡かせ、右腕に蒼炎を纏っている少年が現れたこと。

 少年に付き添っている金髪の青年は、少年に狙われた盗賊たちに憐みの目を向けていた。


「抵抗しなければ、殺しはしない。……まあ、少しは意地ってもんを見せてほしいが。頭はどいつだ?」


 深紅の髪の少年――煉が声をかけると、盗賊たちの中心、少し豪奢な椅子に腰かけ両手に女を侍らせている凶悪な顔つきの男が立ちあがる。

 立てかけていたハルバードを手に、一歩ずつ煉の下へと近づいてきた。

 二メートルを超す体躯に鎧のような筋肉が強者としての風格を感じさせる。


「……ガキが二匹。ガキにしては強力な魔法を使えるようだが、二人で俺たちに歯向かおうって言うのか? 笑わせてくれるじゃねぇか。こんなガキにビビるとは、情けねぇ」

「うーん……まあ、最初はこんなもんか。ほら、アイト。丁度いいリハビリだ。頑張れよ」

「……俺を連れてきたのはそういう意図か。別にわざわざこんなことしなくても、煉との手合わせで十分じゃないか?」

「たまには別の人とやるのもいいだろ。いつも俺とばっかりじゃ、アイトが勝利の喜びを味わえないと思ってな」

「くっ……ムカつくが反論できない!」


 近づいてきた盗賊団の頭を無視し、二人は普通におしゃべりをしていた。

 子供だと馬鹿にしていた頭は、無視されたことに青筋を立て、二人の頭上からハルバードを振り下ろした。


「ひぃっ!」

「ほら、アイトがグダグダしてるから。あの禿、怒ってるぞ?」

「どう考えてもお前のせいだろうがっ!!」

「随分と余裕そうだなぁ! 舐めんじゃねぇぞ!! それと、俺は禿じゃねぇ!!」

「スキンヘッドだってか? ははっ。禿とスキンヘッドの違いくらいわかるさ」


 怒り心頭の男を、さらに煽る煉。

 頭は身体強化魔法まで使用して、ただ逃げ回る煉を執拗に追いかけていく。


「へぇ。身体強化も使えるのか。盗賊なんてやってるのが不思議なくらいだ」

「こんな誰でも使える魔法じゃ、見向きもしねぇ。外見とステータスカードで勝手に決めつけやがって……だから俺は盗賊やってんだ!!」

「何だかんだ理由つけて、ただ逃げただけだろ? 抗う意思もねぇ臆病者なだけだ。アイト、殺しはするなよ」


 煉が大きく距離を取り、少し離れた木に寄りかかって傍観する姿勢に。

 それと入れ替わりで、頭の前には精霊聖剣イーリスを抜いたアイトが立っていた。


「ちっ。お前みたいな優男が、やる気か?」

「あれに比べたら、お前なんて屁でもねぇ。ただデカいだけの木偶の坊なら、俺の方が強い」

「あの紅いガキも、お前も、随分と人を怒らせるのが上手いな。上等だ! ぶっ殺してやる!!」


 頭は重いハルバードを軽々と片手で振り上げた。

 対するアイトは、ただじっくりと見ているだけ。

 記憶に焼き付いている、敵と姿を重ねる。


「ウリエルに比べたら……全然遅い!」


 振り下ろされるハルバードに剣を当て、受け流す。

 受け流した勢いそのままに、態勢が崩れた頭の顔面を狙いすまし、剣の腹を叩きつけた。


「がっ――!?」


 顔面を強打した頭はそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 あっさりと倒してしまったアイトは、拍子抜けし煉へ視線を向ける。


「ちゃんと力は身についているみたいだな。イメージもしっかりできてる。悪くないだろ。――さて、お前たちには選択肢を二つやろう」




 ◇◇◇




「――ってな感じでアイトのリハビリついでに島の治安維持に協力してきた」


 船へと戻った煉はサイラスとナナキに報告していた。

 たった二時間ほどで島に潜む盗賊団を壊滅させた手腕に、二人は驚きを隠せないでいる。


「盗賊たちはどうされたのですか?」

「警備隊に引き渡してきた。一年牢で反省した後、警備隊に入って真っ当な生活を送るっていう契約付きで」

「大丈夫なのか? 盗賊がそう簡単に改心するとは思えんが……」

「契約を反故にしたら、全身が炎上して一日苦しむ火種を埋め込んできた」

「それは……」

「えげつないな……」

「まあ、ウソなんだがな。――それより本題だ。王女様は誰かに狙われてるのか?」


 煉が訊ねると、二人は一瞬動揺した。

 サイラスはすぐに落ち着きを取り戻したが、ナナキは……


「貴様! それをどこでっ――!?」

「ナナキ、落ち着きなさい。アグニ殿、それは盗賊たちから聞きだしたのでしょうか?」

「ああ。依頼主は知らないが、王女を誘拐して引き渡せっていう依頼だったらしい」

「そうですか……。これは姫様自身もお知りではございません。他言無用でお願いいたします」

「サイラス様!?」

「構いません。姫様にさえ知られなければ、問題はないでしょう」

「むしろ、当事者なんだから知っておくべきじゃないのか?」

「……姫様のお心を煩わせるわけにはまいりませんから」

「随分と過保護なんだな」


 サイラスの心から王女を心配している表情を見て、煉は笑う。

 これほどまでに従者に慕われているのだろ、王女の人柄を改めて認識した。

 そして、サイラスが王女を狙う人物の推測を語る。


「……おそらく、姫様を狙うは二人の兄王子。かの方々は姫様が女王として即位するのを危惧しておられるのです。事実、現王様も姫様に王位を譲らろうと考えていらっしゃるようです。

 姫様は、あのお人柄ゆえ民に愛されております。そして王族としての矜持、素養、力。全てを備えているのです。

 故に、兄王子方は王女様を排除しようと画策しているのではないかと存じます。

 アグニ殿、当方の勝手な我儘ではございますが、護衛の件、船にいる間ではなく事が収まるまで引き受けてはいただけないでしょうか……?」






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