第226話 不穏な情報

 イバラとアイトが部屋に戻った数十分後、煉も自分の部屋へと戻ってきた。


「おかえりなさい、レンさん。依頼は断ったんですか?」


 少し疲れた表情をしている煉へ、ソラと戯れているイバラが訊ねる。

 煉は空いているソファに倒れ込みダルそうに返事をした。


「いやぁ……受けることにしたぁ……」

「珍しいですね。レンさんが王族の依頼を受けるなんて」

「俺が受けたというか……受けさせられたというか……断り切れなかったというか……」


 歯切れの悪い言葉で、曖昧に返事をする煉。

 その脳裏には王女の言葉が思い浮かぶ。


『……私の秘密を打ち明けたのですから、断るなんて言いませんよね? ちなみに、私の秘密を知っているのは、お父様とお母様、ナナキとじいや、それに貴方――アグニ様だけです。その意味、どうかご理解いただけると嬉しいのですが……』


 目に涙を溜め、少しシュンとした表情で俯く王女の姿が頭を過る。

 演技だとはわかっていても、どうしてか断り切れない圧を感じた煉は、渋々了承してしまったのだ。

 そして涙を浮かべる王女を見て、煉はかつて体に刻み込まれた記憶がフラッシュバックした。


『泣いている女の子には優しくしなさい。それがだれであろうともね。……嫌、ですって? わかったわ。そんな言葉、口にできないほど体に刻み込んであげるわ。覚悟しなさ――こら! 逃げるなっ!!』


「……ある意味、これは呪いだな」

「? 何の話ですか?」

「いや、何でもない。それより、王女の依頼についてだが……」


 王女から受けた護衛依頼について説明しようとした煉は、アイトの姿を探して部屋中を見回す。

 すると、部屋の一角で丸まっている背中が目に入った。


「……アイト、何してんだ?」

「戻ってきてからずっと魔道具を作成しているんです。そんな部屋の隅でやらなくても、と言ったのですが、あそこが落ち着くみたいです」

「そ、そうか。まあ、いいや。とりあえず、今回は王女の護衛だ。この船がリヴァイアに着くまでの約二週間ほど。どうせ、何も起こらないだろうがな」




 ◇◇◇



 船はさくさく進み、イザナミとリヴァイアの中間地点にある小さな島に辿り着いた。

 そこで一日休憩と補給を済ませ、またリヴァイアを目指して海に出るのだ。


 そして煉の言葉通り、旅程の半分を過ぎても航海は平和そのものだった。

 時々、海に生息する魔獣が襲い掛かってきたりもしたのだが、船の戦闘員や同乗している冒険者たちだけで何とかなるくらい、大したことはなかった。

 この一週間、煉とイバラはほぼ王女の話し相手をしているだけで、特に何かしたわけではない。


「――そのようなことが……何かお怪我などはされなかったのですか?」

「大丈夫ですよ。それよりも、レンさんが無理をするから周囲一体の建物が全焼してしまったんです。教国の方には申し訳なく思っています……」

「確かに、それは大変なことですね。ですが、生きている限りやり直せば良いのです。何よりも人命優先。そうでしょう?」

「そうですね。冒険者の鉄則ですから」

「それに、その街ではお金が循環することになります。建物を立て直すための資材、人材、街の再起を図るための政策、上に立つものとしての腕の見せ所ですね」

「やはり、リル様も王女ですね。常に民の生活を考えているなんて」

「当然です! それが私の使命ですから。そのためにも、私は王女として正しく在らねばなりません。私が間違えては、私に付いてきてくれる従者や国民に顔向けできませんもの」


 イバラと王女は、他愛もない話をするほど仲良くなっていた。

 これまでの冒険や魔法について、そこにアイトも加わりより高度な魔法議論に発展することもしばしば。

 王女は身分差を気にすることなく、気さくな様子で楽しそうに会話をしている。

 その様子を、煉とナナキは少し離れた所で見守っていた。


「……イバラに友達が居たらあんな感じかな……」

「相手が冒険者とは言え、姫があんなにも楽しそうにしておられる……! くっ……私は一体どうすれば……っ」

「黙って見守ってろよ」

「貴様にはわかるまい! 私がどれほど葛藤してるかっ!」

「わかりたくもねぇ……」

「きっさまぁ――!! 私の姫への愛を理解しないと言うのか! そこに直れ! 姫の素晴らしさをその身に刻み込んでやるわっ!」

「理不尽にもほどがあるだろ! めんどくせぇな!」


 煉とナナキも意外と仲良く?なっていたのだった。

 二人がにらみ合いをしていると、そこへ音もなく王女の従者の一人、老執事のサイラスが現れた。

 険しい表情を浮かべたサイラスは、イバラと王女に聞こえないようにと小声で二人を呼ぶ。


「……アグニ殿、ナナキ。少しよろしいでしょうか」

「問題発生か?」

「出航が遅れるとかでしょうか?」

「いえ、出航に問題はありません。しかし、不穏な情報を耳にしました。

 ……島内で冒険者崩れの盗賊団、さらに近くの海域で多数の海賊船を目撃したとのことです。もしかすると……」

「Sランク推薦を受けた冒険者が乗ってる船だぞ? いくら何でも襲ってくるか?」

「ただの馬鹿の集団か。もしくは何か秘策でもあるのかもしれんぞ。サイラス様」

「ええ。姫様にはこの部屋から出ないようにしていただきます。アグニ殿、姫様のお側に控えていてもらえますでしょうか?」

「いや、俺よりイバラの方が良いだろう。イバラも姫を守れるくらい実力はあるからな。それに……頼りになるペットもいるし」


 そう言って煉は笑みを浮かべる。

 煉の表情を見てナナキは怪訝な顔をするが、サイラスが何も言わないため口を挟まなかった。


「アグニ殿はどうなさいますか?」

「俺は……」


 少し考えこんだ後、煉はニヤリと笑い


「少し見回りでもしてくるさ。アイトのいいリハビリにもなるだろうしな」









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