第225話 星詠みの魔眼

 言われるがまま、ソファに腰かけた煉は平然と王女に話の続きを促した。


「俺に話ってなん……ですか?」

「ナナキ、お茶を淹れてくれる? アグニ様はもう少し表情作った方がよろしいかと。早くこの場から去りたいとお顔に出ていますよ」


 上品な仕草で笑う王女。

 どことなく楽しそうなその姿さえ美しく、視線が吸い寄せられる。

 中でもアイトは特に目を奪われているようだった。


「はぁ……。わかってるなら早くしてくれ。ただでさえお偉いさんと関わりたくないってのに、王族とかどうしろってんだよ」

「――貴様! 姫に向かってその態度、不敬ですよ!!」


 ナナキと呼ばれた王女付きのメイドが、煉に向かって怒鳴り散らす。

 怒りを向けられた当の煉は、ちらりと一目向けるが一切の興味を示さず視線を王女へと戻した。

 その態度が、ナナキの怒りをさらに増長させる。


「――貴様ッ!!」


 ナナキはメイド服のスカートの下から精巧な細剣を出し、抜剣。

 切っ先を煉へと向けた。

 突然の険悪な雰囲気に、イバラとアイトはオロオロと仲裁に入るべきか迷っている。


「……やる気か? 一応あんたの主に呼ばれたんだから、俺は客人扱いのはずだよな?」

「だとしても、貴様のその態度を見過ごすわけにはいかない。『炎魔』だと、死界攻略者だと持て囃されているようだが、どうせ噂に尾ひれがついただけのこと。あまり調子に乗るな!」

「おいおい、あんなこと言ってるけど――……止める気はないみたいだな」


 主である王女にメイドの怒りを収めてもらおうと思った煉だが、楽しそうなニコニコ笑顔を浮かべている様子を見て諦めた。

 王女にメイドを止める気がさらさらないことを察したのだ。

 煉は深いため息を吐くと、徐に右手の平をナナキに向けた。

 ただそれだけのはずが、徐々に室温が上昇していることに気付く。

 何かを予感したナナキは、「先手必勝!」と言い、煉へ豪快な突きを放った。


「――っ!?」


 しかし、細剣は煉の掌を貫くことすらなく、刀身は跡形もなく消え去っていた。

 煉が何をしたのかさえ分からず、無意識に一歩二歩と後ずさる。


「……これで満足か?」

「ええ。ナナキ、アグニ様のお力は本物ですよ。その身をもって体感したでしょう? 私の身を案じてくれるのは嬉しいですけれど、少しは私の目を信じてくださいな」

「……姫。お言葉ですが、私はいついかなる時も御身をお守りするのが使命です。冒険者とは粗野な輩だと聞きます。姫に対して何か粗相をされては困るのです」

「彼は大丈夫よ。それより、私は貴方の淹れてくれたお茶をいただきたいわ。ダメ、かしら……?」

「……すぐにお持ちします」


 ナナキは、キッと煉を睨みつけるとその場を離れた。

 すると王女は困り顔で頭を下げる。


「申し訳ございません。彼女は私の事となると少し過剰になってしまうのです。ですが、悪い子ではないのです。お許しいただけないでしょうか……?」

「別にいい。そんなことより、俺の力を確認までしたんだ。何か依頼か?」

「あら。王族とは関わりたくないのではなかったのですか?」

「そうだが、来たからには話くらい聞くさ。受けるかどうかはそれから決める」

「後ろのお二方の御意見を聞かなくてもよろしいので?」

「緊張しすぎてそれどころじゃないからな。二人とも、先戻っててくれ。ソラだけ残しているのはやっぱり心配だ」

「……わ、わかりました。リルマナン王女様。御前、失礼させていただきます」

「レン、絶対に変な事言うなよ。絶対だからな!」


 深々と頭を下げるイバラと何かを念押しするアイトが部屋を退出した。

 丁度その時、お茶の準備をしたナナキが戻ってきた。


「それで、何させるつもりだ? 強力な魔獣の討伐か?」

「いえ。アグニ様には私の護衛をお願いしようかと」

「護衛? それなら、そこの……じいさんとメイド、他にも騎士が結構な数いるじゃないか」


 騎士が待機していることまで見抜かれた王女は、初めて相好を崩した。

 そして何か覚悟の籠った眼差しを煉へと向けると、徐に左眼に手を翳した。

 すると、茶色の瞳が蒼く変化し瞳に金の星が浮かびあがっている。

 さらにその瞳に大量の魔力が集まってきていた。


「……私は、生まれつき魔眼を宿していました。これは『星詠みの魔眼』と言って、少し先の未来を覗くことができます。今はまだはっきりとしていませんが、近いうちに何か良からぬことが起きるでしょう。その時のために力を備えておきたいのです。どうか……あなたのお力をお貸ししていただけませんでしょうか?」







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