昇級争奪編

第223話 出航

 イザナミの港に立ち並ぶ漁船の中に、ひと際目立つ巨大なパドルシップが停泊していた。

 その船はイザナミから海洋都市リヴァイアを繋ぐ旅客船で、煉たちはSランク昇格試験を受けるためその船に乗り込んだ。

 収容人数は約千人。この世界における最大の旅客船として有名らしい。

 部屋のグレードによって金額が変わり、最上級の部屋となるとそれなりの貴族でも取るのは難しいと言われている。

 冒険者や一般市民は何団体か相部屋となる一番安い大部屋を取るのだが、ギルドマスター推薦を受けたSランク昇格試験の受験者は、優先的にハイグレードな部屋を与えられる。

 その権利を有効活用し、煉は最上の船旅を楽しもうとしていた。

 ただ、それは煉だけで同じ部屋を使う仲間二人の表情は暗かった。


「……なんだか申し訳ないですね。私たちのような冒険者がこんないい部屋を……」

「あ、あの有名な『グランドアーサー』に乗れるなんてっ! な、何か良からぬことが起こりそうな……」


 割り振られた部屋に入ってから二人は落ち着きのない様子で、部屋中をうろうろしていた。

 部屋は噂通り豪奢な内装だった。

 寝室に大きなベッドが人数分、メインルームには大きな窓が備え付けられ景色が一望できる。

 ふかふかのソファ、とある魔獣の毛皮絨毯、魔法による空調管理、さらには近くの部屋にメイドが二人ほど常駐している。

 まさに至れり尽くせりだ。


「こういう特権は使ってこそだろ。使わない方が失礼ってもんだ。それにもう出航してんだ。いい加減受け入れろ」


 煉はテーブルに置いてある新鮮な果物を一つ取り、齧る。

 高度な魔法により常に最良の鮮度で保たれている果物。

 あまりの美味さに煉の顔も綻ぶほど。


「……相変わらずレンさんは物怖じしないと言うか、何と言うか……」

「お前なぁ……この船の最上級客室と言えば、大商人がいくら金を積んでも買えないっていうくらいのもんだぞ。そんな部屋で二週間の船旅とかっ! お、恐ろしくて嫌な予感しかしないんだが!」

「嫌な予感てなんだよ。海賊か? それとも大型の魔獣か? 護衛もしっかりしてるし、俺たち以外にも冒険者は乗ってる。スコル以上の魔獣でも出なければ大した障害にはならないだろ」


 そう言って煉はソファの下で寝そべり、誰よりも寛いでいるイバラの契約魔獣――ソラを撫でる。

 気持ちよさそうに目を細め、無防備に腹を出す姿は、欠片も威厳を感じられなかった。

 イバラは大きなため息を吐き、その場で腰掛けるとパンッ、と手を鳴らす。

 すると、煉に撫でられていたソラがイバラの下へと駆け寄り、伏せの体勢でイバラの背もたれとなった。


「……すげーな、イバラちゃん。もうそこまで躾済みかよ」

「私が躾けたわけではありません。この子と私は繋がっています。人よりもこの子との意思疎通の方が簡単にできるんです」

「なるほど。魔獣契約の利点てやつか。主従での意思疎通を図るための思考共有、それがあるからこそ、魔獣との信頼関係を築けるってことなのか? それなら、魔獣契約のデメリットはなんだ……? 難易度の問題、魔力量、魔獣との格差、色々な問題が挙げられるが、過去の魔獣契約者は……――」


 アイトは部屋をうろうろしながら、魔獣契約についての考察を行っていた。

 知らない人が見れば、ひとりでブツブツと何かを呟きながら歩き回る変な人だ。

 煉とイバラは慣れているため、いつもの発作が始まった、程度の認識で済んでいる。

 煉はテーブルに置いてあった鈴を鳴らした。

 するとすぐに扉がノックされ、メイド服を着た小柄な女性が入ってきた。


「――ご用でしょうか?」

「三人分のお茶を淹れてくれるか? あと、何かつまめるものもお願いしたい」

「かしこまりました。それと――アグニ様。こちら、今しがたとある御方からお手紙です」


 メイドは煉へ一通の手紙を渡し、お茶を淹れるため一時退室していった。

 上質な封筒でほんのりと花の香りがする手紙。明らかに上位貴族からのものだとわかる。

 それがわかると煉は露骨に嫌そうな顔をした。


「レンさん。どなたかわかりませんけれど、さすがに無視はできないのでは?」

「はぁ……。めんどくさい。貴族に関わるのはごめんだって、イバラもわかるだろ?」

「そうですね。貴族の在り方は身に染みて理解していますから。ですが、そうでない方もいらっしゃるとも少しは思っていますよ」


 イバラが淡々と告げると、煉は渋々手紙を開封しようとした。

 その時、丁度真後ろを通りかかったアイトが手紙に押された封蝋を見て、声を上げた。


「おまっ、それっ!?」

「ん? どうした、急に?」

「その封蝋の紋章……ネプテュナス神王国の王族のものだぞ」


 アイトがそう言うと、煉の手が止まった。

 表情はみるみる険しいものになり、一度手紙をテーブルの上に置いた。

 アイトの嫌な予感が的中したのだった。





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