第222話 芽生え

 十日ほど前、天上世界の最下層にて瀕死の状態で倒れ伏している二人を保護した。

 白く美しかった翼は焼け爛れ半ばから焼失。全身のいたるところにある切傷から流血し、気を失っていた。

 そしてこれでもかと連れていた大量の神造天使たちは、一体たりとも戻ってこなかった。

 おそらく全てに壊されたのだろう。


「約千体の神造天使を消費。最高位の熾天使二人が瀕死の状態で帰還。修復に一週間かかるほど、とは。二人からすればとんでもない失態でしょうね」


 私は小さく呟いた。

 修復が終わり、主への報告を終えた彼女たちはその場所から未だ動けずにいるからだ。

 彼女らの話を聞くためにとある教会へと足を運ぶ。

 扉を開いて中に入ると、教会内は重苦しい空気に支配されていた。

 膝をつき祈りを捧げ続けるラファエル。

 建物の外には憤懣遣る方ない表情で大剣を振るうウリエルの姿。

 私が来たことに気が付かないほど、二人の意識は違う方を向いていた。

 苦し気に見えるラファエルの背中に声をかける。


「ずっとそうしていますね。もう三日経ちますよ」

「……もうご存じなのでしょう。わたくしたちは失態を犯しました。あれだけ意気揚々と兵を率いて出たのに、まんまと返り討ちに遭っただけでなく、主の御造りになられた天使を無駄に消費しました。わたくしたちは人を超越した存在。感情とは無縁だと思っておりましたが、激しい焦燥感と憤りで壊れてしまいそうですわ」


 立ち上がり私の方へと振り向いたラファエルの表情は、苦々し気に歪んでいた。

 そこには悔しさ、怒り、悲しみ、様々な感情がごちゃ混ぜになり辛そうに見える。


「主より、休めと御沙汰が下されました。わたくしたちの働きは悪くなかったと労いの御言葉も賜りました。ですが……主の視線は酷く冷たいものでした。わたくしたちは見放されたのです……」


 ラファエルがこれまで溜め込んでいた想いを吐き出す。

 その勢いは止まることなく、氾濫した河川のように、大荒れの海のように激しく溢れだしてきた。


「無様な敗北を喫し、情けなくも敵に背を向け逃げ帰り、挙句の果ては一週間に及ぶ修復、ですよ。主がお与えになったお力が敵わないはずがないのです! 全知全能の力を分け与えられたわたくしたちが敗北するなどあってはならないのです! それなのにわたくしたちは……楽な仕事だと、この程度の御下命をこなせないあなたをバカにした。上から目線で調子に乗っていた自分が恥ずかしい限りです……」


 私が思っていた以上に深刻らしい。

 これでも十二熾天使の中では責任感が強く、真面目で勤勉なのだ。

 私のような新参天使が彼女に何か言えるわけではない。

 それよりも、私は聞きたいことがあってきたのだ。


「……標的の彼は、どうでした?」

「……確かに、主の仰る通り厄介な存在でしょう。ですが――案外と甘い人間のようです。あの時わたくしたちを殺しておけばよかったものを」

「何か理由があったのでしょうか」

「それはわたくしにはわかりません。いずれ、わたくしたちを生かしたことを後悔させて差しあげましょう」

「――そうだっ!!」


 大きな音を立て外にいたウリエルが入ってきた。

 大股で私たちの下へと歩いてきて大剣を地面に刺した。


「何が……手加減してやる、だ。あたしは弱くない。あたしはまだ負けてない。次は本気で――ぶっ殺してやる」


 怒りを滾らせ、彼方の空を睨みつける。

 無機質であるはずの天使の心に、感情が芽生え始めた。









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