第217話 魔獣契約

 肌を突き刺すような威圧感、この森の頂点であり支配者としての存在感を放っているダークグレーの毛並みをした巨狼。

 以前と違い甘えはなく、向けられる赤い瞳はまるで私を試しているかのよう。

 ”天災”あるいは”災厄の狼王”と呼ばれる獣――スコルは覇者の風格を纏い待ち構えていた。


「前の犬っぽさは微塵もないな。どうする? やめるか?」

「……まさか。ここまで来て帰るわけにはいきませんよ。それとも……レンさんは仲間が目的も果たせず逃げ帰るような臆病者だとお思いなのですか?」

「イバラも中々言うようになったな。それじゃ、俺はその辺で見てるから。頑張れよ」


 レンさんはそう言って私の頭をポンと叩き、近くの木を背もたれにして座り込んだ。

 宣言通り、彼は何もしない。手も出さないし口も出さない。

 それに……ここから先は私がやらなければならないことだ。

 私は意を決してスコルへと近づいていく。

 その際警戒は怠らない。以前がどれほど友好的だったと言えど、今もそうであるとは限らない。

 私はスコルに試されているのだから、主としての力を見せつけなければいけないのだ。


「……約束通り、あなたを迎えに来ました。私と共に旅をしてくれませんか?」


 私はスコルへ手を差し出す。

 微動だにせずただ一心に私を見つめる赤い瞳は、私の全てを見定めているようだ。

 自分の主としてふさわしいかどうか。

 張り詰めた空気が漂い、時間の流れが遅く感じる。

 お互いに見つめ合ったまま動かないでいると、スコルは突然起き上がり天を見上げた。


「ウォォォォォ――――ン!!!!!!」


 大きな口を開け、スコルは天に向かって吼えた。

 大地を揺らすほどの吼声には魔力が込められている。

 咄嗟に魔法で耳を守らなければ鼓膜が破れていたことだろう。

 スコルはさらに壮絶な魔力を放出し、私を威圧してくる。

 心臓を鷲掴みにされたような苦痛を感じ、呼吸が乱れる。

 荒い息を吐き今にも倒れそうになりながらも、私は立ち続けた。

 ボロボロの精神状態の中、気力だけで何とか持ちこたえている状態だ。

 怖い。逃げたい。怖い。もう嫌だ。辛い。苦しい。怖い。怖い怖い怖い怖い。

 それでも私は……この子と旅をしたい。

 その想いが、私の足に力を与える。

 そして溢れた想いが言葉を紡ぐ。


「……私は、あなたの主になりたい。いえ、あなたと、お友達に……なりたいの。いろいろな街に行って、美味しいものを食べたり、戦ったり、楽しい時を……あなたと一緒にいたい。だから……私と、お友達になってくれないかしら……」


 私の想いはスコルに伝わっただろうか。

 スコルはじっと私を見つめた後、目を閉じ頭を下げ私の前で伏せた。

 これは……私を認めてくれたのだろうか。

 確認する余裕はなく、今しかないと思いあらかじめ用意していた魔法を発動する。

 青い光を放つ魔法陣が私とスコルの足元に出現した。

 そしてレンさんが見つけてくれた鍵言を告げる。


「――我、契を交わす者。汝との繋がり深く、我が心は汝と共に、汝の全ては我がために、共生の詩を刻み、誓約と為す。イバラの名において、汝に名を授ける。

 汝の名は――”ソラ”」


 青い魔法陣が収束し、スコルの――ソラの額に魔獣契約の証が刻まれる。

 魔獣契約は成功したみたい。

 契約紋を確認したところで、私の意識は途絶えた。







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