第216話 近道

 鮮やかに彩られた美しい花畑。

 その中心に佇む大きな精霊樹が神聖な光を放っている。

 その樹の下、穏やかな景色の中で開かれたお茶会は、何とも言えない雰囲気を漂わせていた。

 そんな中、輝く金の髪を持つ少女が口を開いた。


「……ねぇ。確かにまた来るって約束したわよ。でも――さすがに早すぎない? まだそんなに時間経ってないわよ。私がドキドキハラハラするような冒険譚を聞かせてくれるのかしら?」

「残念ながら、そんな時間はない!」

「約束がちっがーう!!」


 ぷくーっと頬を膨らませ、叫ぶ大精霊ミユ。

 神聖な気配を纏う存在とは思えないほど、見た目通りの子供らしい表情の変化にイバラは小さく笑う。

 すると、貫くような視線がイバラを向いた。


「――何がおかしいのかしら?」

「い、いえっ! べ、別に笑ってませんし……」

「大精霊である私に嘘を吐くとはいい度胸だわ。悪い方向に成長したみたいで悲しいくらいよ!」

「ごごご、ごめんなさいっ! 本当に、そんなつもりはなくてぇ……」


 オロオロとしだすイバラを見て、ミユの怒りは収まったようだ。

 深いため息を吐いて冷静さを取り戻した。

 そして今度は観察するようにイバラを視る。


「……ふ~ん。こんな数ヶ月で一体何があったのやら。以前よりも魔力量が少なくとも倍にはなっているわね。となると目的は……あの狼を従魔にでもするのかしら。だとしたらまだ早いのでは?」

「案外何とかなるかもしれないだろ? 可能性は五分五分……いや、なんだかんだスコルも懐いていたみたいだし、六対四ってところだな」

「そう。レンがそう言うのなら好きにすれば。本人もやる気はあるみたいだし。ところでもう一人はどうしたの?」

「アイトは今療養中」

「数週間前に死にかけるほどの怪我を負ったのですが、まだ動ける状態ではないので……」

「死界攻略を目指しているのだから、それくらい覚悟の上でしょ。それでも……あまり無理をして死なれては、寂しいわ」


 ミユは寂し気に目を伏せる。

 かつてミユと約束を交わした者たちは、再会することは叶わなかった。

 こうしてレンとイバラが訊ねてきてくれること自体は嬉しく思っているのだが、どうせなら三人で会いに来てほしかったというのが、ミユの本音だった。


「わかってるさ。今度来るときは三人で会いに来るよ」

「ふふっ。また約束が増えてしまったわね」

「それくらいならお安い御用です。次は三人で、必ず」


 そうして三人はまた約束を交わしたのだった。

 そして話は本題に戻る。


「というわけで、スコルの場所まで繋げてくれ」

「……そう気軽に頼んではいるけれど、私はこの場所の管理者であって案内人ではないのよ? ちゃんと理解しているのかしら」

「わかってるよ。言ったろ? 時間が無いって。近道は有効活用しないとな」

「はぁ……。仕方ないわね。今回だけだから」


 ミユがパチンッ、と指を鳴らすと精霊樹の幹に扉が出現した。

 扉越しでもわかるほどの強大な魔力が感じられる。

 その扉の先には、おそらくスコルがいるのだろう。

 目的を目前にして、イバラは緊張感が高まり表情が強張る。

 胸の前で小さな拳を握り、どうにか呼吸を整えようと苦心する。

 すると突然勢いよく背中が叩かれた。


「――イタっ!? レンさん!?」

「どうした? 怖気づいたか?」


 ニヤリと挑発的に笑う煉を見て、イバラはムッとした。

 大きく深呼吸をすると、煉の真似をするかのように笑みを浮かべる。


「バカなこと言わないでください。ただ楽しみなだけです」

「そりゃよかった。じゃあ、行くか」

「はいっ!!」


 イバラが扉に手をかけ、開ける直前最後にミユの方を振り返った。

 そして満面の笑みを浮かべ手を振った。


「ミユさん、ありがとうございました! 行ってきます!!」

「じゃあな。また来る」


 それだけ言い残して二人は扉を通って行った。

 扉が閉まり、花畑はまた静寂に包まれる。

 一人残ったミユは、嬉しそうに精霊樹を見上げぽつりと呟いた。


「……行ってきます、か。今度来た時は、お帰りって言ってあげようかしらね」










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