第215話 実感する成長

 胸の内に不安を抱えつつも、大森林に再び足を踏み入れた私は拍子抜けした。

 想像していたよりも魔獣に苦戦することなく、森の中で漂う瘴気の影響もそれほど感じず魔力感知を頼りに歩を進めていく。

 魔獣の遭遇率は前回よりもかなり多い。

 しかも森猿やウェアウルフ、大群巨猿ジャイアントフロックエイプなど、群れで行動する魔獣ばかり。

 数十を超える魔獣を前にしても、レンさんは言葉通り手を出す素振りさえない。

 しかし、大群に襲われているにも関わらず、焦りや恐怖を感じることはなかった。

 冷静に、覚えたての魔法を使う余裕さえあった。

 一体どうしたのだろうか。不思議な感覚だ。


「……もしかして、レンさんが魔族を追い払ったので魔獣が弱体化したのでは?」

「いや、魔獣は何も変わってないぞ。数は増えてるだろうけど」

「じゃあ、どうして……?」

「簡単な話だ。イバラが強くなったんだろ」


 私が……強くなった?

 何かの聞き間違えかな。

 私なんてレンさんに比べればまだまだ。

 レンさんと旅を続けるためにはもっともっと強くならなくちゃ。


「そもそも比べるものが間違えてんだよ。どうせ俺と比較してんだろ? これから俺の旅はもっと過酷なモノになるのは確かだ。付いていくためにはもっと力が必要だとか」

「すごいですね。なんでわかったんですか?」

「一年も一緒にいれば、考えてることくらいわかるさ。言っておくが、俺は必要の無いモノは容赦なく切り捨てていくぞ。それくらい理解してんだろ?」

「ええ、まあ……」


 レンさんが必要の無いモノを持たないのはよく理解している。

 例えば、貴族との繋がり。

 とある街で、冒険者として名を挙げ始めたレンさんに目を付けた貴族が声をかけてきたことがあった。

 お金と権力に物を言わせ、レンさんをお抱えの冒険者として雇おうとしていたのだ。

 普通の冒険者であれば、目が眩むほどの金額を提示されていたのだが、レンさんはバッサリと断った。

 冒険者活動に支障が出るなど、色々と脅されたりもしたのだが、レンさんは頑なに首を縦に振らなかった。

 すると貴族は、宿で休息を取っていたレンさんへ夜襲を仕掛けた。

 狙っていたのはもちろん私だ。人質を取ればレンさんも言うことを聞くだろうという浅はかな考えでそうしたのだろう。

 それが裏目に出るとは知らず……。

 怒りを露わにしたレンさんは、雇われた破落戸や騎士などを跡形もなく焼き尽くした。

 あれほど怒ったレンさんを見たのは初めてで、私も少し恐怖した記憶がある。

 それ以上に、その怒りの矛先を向けられた貴族が気の毒だった。

 あれから屋敷の外に出れなくなったらしい。

 爵位を息子に譲り、隠居したそうだ。

 とある高位貴族の急な隠居騒動を引き起こした原因がレンさんにあるという噂が広まり貴族が接触してくることはなくなった。

 話が脱線したが、レンさんが必要の無いモノを絶対に持たないということは間違いない。

 つまり、言外にレンさんは私の力が必要だと言ってくれているのだろうか。

 私は、もう少し自信を持ってもいいのだろうか。

 そう思うと、どうしてか胸が弾む。

 喜びが全身を駆け巡っている気がする。

 今にも踊りだしそうな自分が怖い。


「随分と嬉しそうなところ悪いが、忠告はしておくぞ。過信と慢心はするな。それは油断に繋がる。一時の油断が生死を分けるのが俺たちの冒険なんだ。それは……まあ、言わなくてもわかっているか」


 レンさんは私の目を見て、軽く笑った。

 それはレンさんが常々口にしていることだ。

 生きるための最善を尽くす、生きてさえいれば何とかなる。

 レンさんが大事にしていること。すなわちそれは私の大事なことでもある。

 それを忘れたことは一度だってありはしない。


「……ある程度の間引きはできたか。手は出さないつもりだったが、時間をかける必要もないしな。――ミユ。俺たちがいるのは分かってんだろ? 繋いでくれ」


 レンさんがどこかへ向かって声をかける。

 すると、私たちの進む方向に魔力の歪みが発生。

 周囲の樹々が道を開けるように広がり、一本の通路ができた。

 レンさんは悪戯が成功したような笑みを浮かべ楽しそうに言った。


「わざわざ奥まで歩いていくのは面倒だ。時間短縮――ショートカットしよう。ミユと仲良くなっていてよかったな」





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