第214話 再び大森林へ

「――俺は手を出さない。イバラが一人でやれ」


 そんなことを言われてから一夜明け、私とレンさんは杖に跨り空を飛んでいた。

 イザナミから大森林までは思いのほか近い。

 歩いて五日ほどでついてしまう。

 しかし、ミストガイアのように隣接しているわけではないので、道が舗装されているわけでもなく安全とは言い難い。

 まあ、空を飛んでしまえば道など関係ないのだが。


「……本当に、何もしてくれないんですか?」

「そう言ったからな。手も出さないし、口出しもしない。本当にイバラが死にそうなくらいどうしようもない時は、さすがに助けるけど。まあ、今のイバラなら案外楽に攻略できるんじゃないか」

「……そうですかねぇ」


 そうは言っても、拭いきれない不安が付きまとう。

 一度行ったことがあるとは言え、これから私が向かう先は「死界」。

 Sランクの冒険者だって一人で攻略はしないはずだ。

 そんなことができるのはレンさんのような力を持った人や世界に五人しかいないSSランクの冒険者くらいだ。

 そう思うとため息も零したくなる。


「はぁ……」

「? どうした? 加速が足りないか?」

「いえ、そうではなくて……」


 レンさんの炎のおかげで予定より大幅に早く着きそうだ。

 ただ、これ以上速くされると辛いです。

 風除けの結界を張るのも大変なんですから!

 私のそんな苦労は知らず、レンさんは後ろで鼻唄交じりに炎を噴出している。

 前から思っていたけれど、レンさんて基本呑気なんですよね。

 レンさんの前の世界の話も少し聞いてはいるが、その過去を踏まえてもどうしてこんな呑気な人になったのか分からない。

 ただ、時々出るあの感情の無い瞳。一年近く一緒に旅をしていてもあれだけは怖いと感じてしまう。

 アイトさんもあの瞳を初めて目にしたときは顔を青くしていた。

 そんな目を浮かべてしまうほどの何かがレンさんの過去にはあったということだ。

 まだ私の知らないレンさんがいる。

 気になるけれど怖い。聞きたいのに聞けない。

 仲間なのだから何でも話してほしいとは思う。しかし、それを聞いてしまってはレンさんが離れてしまうのではないかという不安もある。

 どうしようもない葛藤が心を埋め尽くしている。


「――どうした? さっきから難しい顔で考え込んで」

「い、いえ! 別にっ、何でもないです、よ?」

「なんだ、緊張してんのか? ほら、見えてきたぞ」


 レンさんが前方を指さした。

 自然と私の視線もレンさんの指の先に向く。

 目の前に広がる大森林は相も変わらず強固な結界で覆われている。

 しかし、前回と比べると不穏な魔力は感じられなくなっていた。


「暗躍していた魔族がいなくなったから、ミユが管理者として力を尽くしているんだろう。大精霊が管理する森だ。本来ならもっと美しいところなんだろうな」


 レンさんの言う通り、大精霊が管理する森はもっと神聖なモノのはずだ。

 しかし、そんな神聖さは微塵も感じることができず、鬱蒼と生い茂った樹々は陽の光を遮っていた。

 さらに暗闇に包まれた森には、深い霧が立ち込めている。

 魔族が使用していた魔道具が無くとも、視界の悪さは健在だ。

 私は高度を落とし、結界の薄い場所に降り立った。


「よし、予定より早く着いたな。覚悟はできたか?」

「覚悟と言うには物足りないかもしれませんが、この際です。やってやりますよ!」

「開き直ったか。それもいいな」


 そうです。もう諦めました。

 言葉通り、開き直って私の力で何とかしてみせますとも。

 そしてレンさんが視線で促してくる。

 私はその意図を察し、小さく頷いた。

 目を閉じ大きく深呼吸をしてから、私は杖を手に歩き出した。


「さあ、行きますよ! 私のモフモフのために!!」





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