第213話 イバラの頼み事

「良かったですね。Sランク昇格試験の推薦、以前から欲しがってましたよね」

「まあな。だが、反感も多いだろう。いくら『炎魔』として有名になったからと言って、まだ冒険者になって一年ほどしか経ってないんだ。異例のランクアップで他のAランク冒険者が黙ってないはずだ」


 煉があの谷を抜け、リヴァイアで冒険者として登録してから一年と数ヶ月。

 本来であれば早くても一年でDランクになるのがやっとだ。

 それを煉はたった半年でAランク昇格、さらには「炎魔」として名を挙げ、二つの死界を攻略した。

 経歴だけで言えばSランクでも上位に匹敵する。


「それもこれも、全てレンさんの狩ってくる魔獣が原因じゃないですか。ジェネラルベアーの変異種にキマイラ、ワイバーンなどほとんど危険度Aオーバーの魔獣ばかり。レンさんの代わりに素材をギルドに出す私の身にもなってください。当時Eランクの私が一人であの素材を出すのがどれだけありえないことか!」


 話し出すとイバラの愚痴は止まらず、延々と零し続けている。

 溜まりに溜まっていた鬱憤を今晴らしているようだ。

 仲間の愚痴を聞かされ耳が痛い煉は、慌てて話を変えた。


「そ、そういや、イバラも昇格したな。Aランクだぞ? イバラも高位冒険者の仲間入りだな。今の実力を考慮すれば、俺と同じ化け物レベルだろうけど」

「レンさんと一緒にしないでください。私はただ、魔術師ではなく魔法使いになっただけです。しかし、未だに魔力の消費量を抑えきれず、今までの魔法を陣無しで使用するだけ。まだまだ未熟ですよ」


 自分の力量を正確に把握し、それを卑下することなく前を向き続けるイバラ。

 仲間の成長が感じられて煉は嬉しく思うのだった。

 そうして二人は他愛のない話をしながら、宿の部屋へと戻ってきた。


「それで? イバラの要望は?」

「……ちゃんと聞いてくれるのですね」

「自分で言ったんだろ。仲間の頼みくらい聞くさ。俺に叶えられる範囲ならな」

「大丈夫ですよ。一度行ったことのある場所ですから」

「ん? どこか付いていけばいいのか?」

「そうです。場所は――」


 そこで一度言葉を切り、大きく深呼吸をした。

 言葉にするのにも覚悟が必要なのかと、煉は少し身構える。

 そしてイバラが告げた場所に、少し拍子抜けする煉だった。


「――『幻死の迷森』です」

「……なんだ。もっとすんごいところに付いてきてほしいのかと思ったら、またあの森か。目的は……そうか、スコルとの契約か」

「はい。あの子を従魔にしたいです。今の私なら、魔力も足りているのではないでしょうか……」


 イバラは不安そうな目で煉を見る。

 確かに降霊契約によってイバラの魔力はあの頃と比べ倍近く増えた。

 煉はイバラをじっと見つめ観察する。

 心の内まで見透かされそうな視線に思わずたじろいだ。

 そして煉は眉間に皺を寄せブツブツと何かを呟いていた。


「……ギリギリか……? いや、案外行けるのかも……魔法使いになったイバラなら、確率は上がったはず……だが、確信のないまま行くのはちょっと……ん~……」

「れ、レンさん……?」

「――よし。とりあえず行くか」

「……ほ、本当ですか!?」

「ああ。アイトはまだ動けそうにないし、あの森なら飛んでいけば数日で着くだろうからな。それに、管理者のミユと繋がりがあるからな。前よりは楽に奥まで入れるはずだ」


 イバラはホッと胸をなでおろす。

 そして念願叶ってようやくあのモフモフを側に、と舞い上がる気持ちを抑え込むのに必死だった。

 しかし。


「――ただ、俺は手を出さない。道筋も魔獣退治も全てイバラが一人でやれ。俺は本当についていくだけだ。何もしないからな」

「……へ?」


 思いがけない煉の言葉に、イバラは変な声を出し硬直した。





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