第212話 推薦

 イバラに引っ張りだされ、煉は冒険者ギルドイザナミ支部に来ていた。

 冒険者たちの視線が煉へと集中する。

 羨望、嫉妬、興味。様々な感情が込められた視線が晒され、注目の的となり嫌気が差す煉は大きな……とても大きなため息を吐いた。

 さらに今の煉は休暇ということもあり、一切の覇気が感じられない。

 服装もシャツにズボン、サンダルというとてもラフな恰好である。

 そんな恰好をしていてはたとえ有名人だとしても馬鹿な冒険者が寄ってくるのは明白であった。


「――おいおい。かの有名な『炎魔』様がこぉんなガキだったとはな!」

「本当に死界攻略者だってのか? こんなのが攻略できるんなら、俺たちだってできるはずだぜ」

「はははっ! 違いねぇ!」


 そう言って大声で笑う柄の悪い破落戸のような冒険者たちが、煉とイバラの前で道を塞いだ。

 周囲で様子を窺っている者は皆、煉の力を知っているため憐みの表情を浮かべている。

 そんな周囲の視線に気づかず、一人の男が言ってはならないことを口にした。


「お? おいおい。ガキのくせに上玉連れてやがるじゃねぇか。お前みたいなやつにはもったいねぇぜ。おい、女! そんなガキ放って俺たちと来い! イイコト教えてやるぜぇ」

「……ぁ゛あ?」


 一瞬にして周囲の温度が上昇した。

 怒りのあまり煉の魔力が溢れだし、ギルド内を支配する。

 目の前で強烈な魔力を当てられた男たちは、「ひっ!」と弱々しい声を出し膝から崩れ落ちた。

 煉が男たちに近づこうとすると、受付の横にある階段から怒声が響いた。


「うちのギルドで暴れんじゃねぇって言ってんだろうが!!」

「……ちっ。良かったなお前ら。命は大事にしろよ」


 舌打ちをした煉は、男たちの側を通りかかる時そう言葉を残した。

 呆然と座り込む男たちの股は温かい液体で濡れていたと、後々噂になったのだった。


「……ったく。いつもいつも面倒を起こすんじゃねぇぞ」

「別に好きでやってるわけじゃないし。むしろ俺が被害者だろ」

「あのバカ共にはあとで言っておく。お前も有名人になったんだから少しは自重しろや」


 ギルドマスターの執務室に入るなり、小言を漏らすクレイン。

 その表情は以前よりも晴れやかなものとなっていた。


「何か良い事でもあったのか?」

「……ああ。グラムが冒険者復帰してくれたおかげか、溜まっていた高難度の依頼も随分と片が付いてきた。それに、あいつとの蟠りもなくなって、少しは肩の荷が下りた気がする」

「それは良かったな。じゃあ、帰っていいか?」

「んなわけあるか。まだ何も話してないだろうが!」

「レンさん、ギルドマスターのお話が終わったら次は私の番ですからね。まだ帰れませんよ」

「いや、イバラの話は帰ってからでも良くない?」

「正直、ギルマスの用件よりも私の方を優先してほしい気持ちは多々あります」

「おい、お前ら……ギルドマスターの扱いが酷すぎるだろ」


 クレインは呆れたような表情で呟き、大きく息を吐いて切り替えた。

 そして真剣な眼差しで煉を視た。


「ま、合格だな。炎魔、Sランク昇格試験に推薦してやる。死界の攻略者として名を挙げたし実力も申し分ない。元Sランクの私が保証してやる。どうだ?」


 そう問われた煉は何も言わず、ただ天井を見上げるだけだった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る