第210話 崩落。そして世界へ広まる「炎魔」
「……凄い魔力ですね。私の知らない魔法の知識もたくさん……」
「古代文字は読めそうか?」
「……いえ。そこまでの知識は引き継げなかったみたいです。魔法に関しても、原理とかわかりません。漠然とそういう魔法が使える、感じですね」
アイトほどではないが、イバラもそれなりの魔法好きであった。
古代の魔法使いが使用していた魔法について解明したいと思うのは当然のことだろう。
それが叶わず少し残念そうにしていた。
「まあ、イバラの魔力が倍増したのは大きい収穫だな。それに……――っと」
その時浮遊島の崩壊が始まった。
イバラとの降霊契約により、魔力源となっていた王女の姿が消え浮遊島を維持していた魔法も切れてしまったのだ。
それ以前に玉座での戦闘で、煉が結界を切り裂いていたため墜落するのも時間の問題だった。
「始まったか。イバラ、セラの記憶にここから元の場所へ戻る魔法があるだろ。使えるか?」
煉が訊ねるとイバラは王女の記憶を辿り始める。
目を閉じてしばらく唸っていると、バッと目を開いた。
「――ないです」
「……は?」
「空中庭園への入り口と浮遊島を維持することだけを考えていたみたいで……帰還魔法は作っていないみたいです」
時が止まった気がした。
崩壊し墜落していく浮遊島の中で、二人は数分ほど動くこともなく目を合わせていた。
「……」
「……」
「……はぁ」
煉は硬直から立ち直り、突然アイトを背負った。
そして――。
「撤収――!!」
そう叫び、一目散に駆け出した。
イバラも煉の行動を理解し、その後ろをついていく。
荘厳で美しい庭園は見る影もなく灰と化していた。
そして崩れ落ちる浮遊島に煉たち以外の人の姿はなかった。
「……誰もいませんね。皆さん、もう避難されたのでしょうか」
「いいや。あれは魔法で生み出された幻影だ」
「え……?」
「最初に握手を交わした時、感触も何も感じないのはおかしいと思った。幻影であるならば納得できる」
「でも……それにしては話し方や生活が人間そのもの……」
「そうなるように作ったのさ。たぶん――王女が寂しくないようにな」
イバラは首を傾げた。
煉は自分の推測だと前置きし、説明を始める。
「幻影だと確信してからは彼らの魔力に注目した。魔力は人によって個性があり、同じものは存在しない。だが、彼らの魔力は全員同じだった。であるなら、ここの人間たちを生み出した人物がいる。
それがセラだと思っていたが、玉座で対峙した時に感じた魔力とは少し違っていた。高度に洗練されず、穏やかさと優しさが込められた魔力。それでいてどことなくセラと似通っている。つまり術者は」
「セラさんのお母様……」
「そういうこと。一人残される娘を心配して母は人間そっくりに生きる幻影を生み出した。……いい母親だな。少し羨ましいよ。あいつはそれに気づいていなかったみたいだけどな」
煉はイバラの手に刻まれた魔法陣に目を向けた。
そして話に夢中だったが、二人は既に浮遊島の端まで辿りついていた。
島の際から下の様子を眺める。
高度は高く地面を目視することはできないが、色の判別をすることはできた。
崩れた浮遊島が墜ちる先には、青く澄んだ海が広がっている。
「まだかなり高いが、下は海だ。何とかなる、気がする!」
「不安になるのでせめて断言してください」
「絶対なんてことはないからな。それに……いつものことだろ?」
「はぁ……。そうですね。いつものことです」
二人は顔を合わせ笑う。
そして、笑みを浮かべたまま浮遊島から飛び降りた――。
◇◇◇
「『破魔の空中庭園』墜落」
その情報は、瞬く間に世界中へと広まり、人々を震撼させた。
それは死界を攻略した者が現れたということ。
さらに、空中庭園は未だかつて誰も到達し得なかったと言われている。
まだ見ぬ冒険へと夢を抱く冒険者たちからすれば、その夢は潰えてしまったことになる。
そして自ずと攻略した者の情報を集めるのだ。
誰が、俺たちの夢を叶えたのだと。
そうして、冒険者の夢を叶えた死界攻略者として「炎魔」の名は世界中に広がった。
この世界で、煉の名を知らぬ者はいない。
今最も注目を集める煉の下へ、さらなる苦難が待ち受けることだろう。
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