第209話 降霊契約

 朱雀が爆ぜたことを確認した煉は、降りかかる爆風に備え正面に炎壁を出現させた。

 爆心地の中心から放たれた強大な風は、炎上している庭園の崩壊をさらに早めている。


(元々殺すつもりはなかったとは言え、避難用の転移魔法が発動したみたいだな。そう大きな傷を負わせてはいない、か)


「……これでもう諦めてくれればいいんだけどな」


 そう小さく呟き、刀を鞘に納めイバラたちの下へと向かった。

 ボロボロの仲間の側では、ムスッとした顔で頬を膨らませている幽霊の姿。

 どうやら何か気に障ることがあったらしい。


『……私の庭をこんな地獄絵図に変えてくれちゃって。何か弁明はあるかしら?』

「むしゃくしゃしたからやった。悪いとは思っていない」

『むっかー!! 人んちをこんなボロボロにして反省もなしとかっ! どういう神経してんのよ!!』

「どうせもういらないだろ?」

『……そうね。私の役目はもう終わったもの。この場所を残しておく必要もないわね』


 幽体の王女は寂し気に目を伏せた。

 しかし、その表情に憂いはなく、どこか満足したような晴々とした思いが感じられる。


『あなたが結界を切り裂いてしまったから、この庭園もじきに堕ちるわ。こんなに崩壊してしまっては島として機能しないでしょう。海に沈むことになるかもね』

「……レンさんがご迷惑をおかけしました」


 イバラが深々と頭を下げ謝罪した。


「それと……アイトさんを救っていただき、感謝しています。ありがとうございました」

「ああ、確かに。それは助かった」


 未だ気を失っているアイトだが、傷は塞がり止血も済んでいた。

 仲間が生きていることに、煉は安堵していた。


『……別に。私はお願いされたから仕方なく……』

「ほら、とっとと成仏してくれ。じゃあな」

『ちょっとは空気読みなさいよ! 何よそれ! 用済みだからすぐに消えろとか、本当、あんたおかしいわよ!!』

「何もおかしくはないだろ。お前も時間ないって言ってたじゃんか」

『そうだけど、別に消えるつもりはないわ。気が変わったのよ』

「?」


 王女の言葉に首を傾げる煉を無視し、王女はイバラに向き直る。

 そしてイバラの周囲をふわふわと飛び回り何かを見定めていた。

 納得したようにうんと頷くと、イバラへ手を差し出した。


『やっぱりあの子の系譜ね。あなたになら私の力を委ねても問題なさそうだわ』


 突然纏う空気が変わった。

 煉と対峙したときのような、威厳と冷徹さを纏った一国の女帝の風格。

 急激に襲い掛かる威圧感に、イバラは体を硬直させた。


『――シュテンの子孫よ。現世を彷徨う幽体である我が力の全て、貴方に捧げましょう。降霊契約を交わしなさい』

「……降霊、契約……?」

『降霊契約とは、降霊魔法の秘術の一つ。霊体との契約を交わすことで、その霊を自身に憑依させ力を振るうことができるわ。ただ、それに頼ってはダメ。使いすぎては契約した霊に体を乗っ取られてしまう危険性があるからね。その点、私は理性のある霊だからそんなことはしないけれど。それでも、長時間の使用は控えなさいね。契約を交わすだけでも、あなたには私の魔力の恩恵を与れるのだから』


 イバラは自分も知らない降霊魔法の秘術に戸惑いを隠せないでいる。

 どうしようかと煉に判断を仰ぐが、煉は黙って見ているだけだった。

 全てはイバラの意思次第である。


「私は……」

『承諾するのなら私の手を取りなさい。そして名を告げるだけよ。……人生の先輩として一つ教えてあげるわ。強くなりたいのなら、自分の道を迷わないこと。大丈夫よ。これからは私が付いてあげるのだからっ!』


 見た目通りの幼い笑みを浮かべイバラに笑いかける。

 先ほどの女帝の風格とのギャップが激しいが、どこか安心感を与える笑みにイバラの迷いが晴れた。

 そして、イバラは王女の手を取り名を告げた。


「――イバラ、です。よろしくお願いします」

『ふふっ。ここに契約は完了したわ。あなたの力になると誓いましょう』


 すると王女の体が光を放ち、イバラの手の甲に集まっていく。

 イバラの手には幾何学的な模様の描かれた魔法陣が刻まれていた。


『これからよろしくね、マスター




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