第208話 朱雀
煉は地面に突き刺さったウリエルの大剣を抜き、刀身を眺めた。
刃毀れ一つなく透き通るような刀身は、薄っすらと光を放っている。
「
「てめぇ……何しやがった!?」
「あ? 別に特殊なことはしてないぞ。お前が勝手に吹っ飛んだだけだしな」
花宮心明流六の太刀〈流水〉は、流れるような動きで相手の攻撃を受け流し、その力をカウンターに利用する剣技だ。
相手の力が強いほど、効果を増す。
煉は自分の体が吹き飛ぶほどの力があったと少し驚いているところだった。
しかし、そんな煉の心情とは裏腹に、ウリエルは馬鹿にされたと思っている。
「ふざけやがってぇ……っ!」
「姉様。落ち着いてください。お気づきでしょう? この島を覆っていた結界が無くなっています」
「……言われてみればそうだな」
「つまり、わたくしたちを阻むものはなくなったということです。魔法が使えるのであればわたくしたちが負けるはずありませんもの」
「あたしたちは、二人で一つ……」
「姉様の武とわたくしの智があれば、この程度なんてことありませんわ」
ラファエルが手を差し伸べウリエルを立たせる。
怒りに満ちていたウリエルの表情は、先ほどとは大きく打って変わり晴れやかなものとなっていた。
そして大きく深呼吸をし、何かを小さく呟いた。
「〈
すると、煉の持っていた大剣が消失しウリエルの手に新たに一本の長剣が現れた。
ウリエルの髪と同等の赤い色の刀身から、神聖な魔力が溢れだしている。
さらにラファエルも腰に佩いた細剣を抜き、切っ先を煉へと向けた。
「先ほどは姉様が冷静さを欠いていただけ。あまり調子に乗らないことですね」
「負けた時の言い訳か? 正直、とっとと帰ってくれればいいんだが……」
「帰るつもりはねぇぞ。お前を殺すのがあたしらの役目だ」
「役目、ねぇ……」
煉は心底呆れ返ったような顔を浮かべた。
その表情は小馬鹿にしているようにも感じ、二人の天使は一層目つきを険しいものへと変えた。
「何か言いたいことでも?」
「言われたことばかりやってて楽しいか?」
「神の命を果たすのがわたくしたちの至上の喜びです。そこにわたくしたちの感情は不要なのです」
「人形そのものだな。面白くもなんともない。つまらない生き方だ。神に選ばれたとか偉そうなこと言ってはいるが、好奇心も何もそそられない。そんなんで俺を殺す? ――笑わせるなよ」
それまでへらへらとしていた煉の顔つきが変わった。
と言うよりも、煉の表情から全ての感情が抜け落ちたかのように、無機質なものになったみたいだ。
その瞳の奥に、深い闇のようなものを感じた天使たちは背筋が凍り着くほどの恐怖を感じた。
「な、何だよ、こいつ急に……」
「このような事、報告には何も……奴は一体――」
「お前らみたいな生き方を……熾天使だと何だと囃し立てつまらない生を強いる。記憶も思い出も何もかもを奪って。美香もお前らと同じだと思うと、哀れで仕方ない。それも全部――クソったれな神のせいだってことだよな」
煉の魔力が爆発的に膨れ上がる。
島中のあちこちから火柱が吹き上がり、荘厳な宮殿も美麗な庭園も何もかもを焼き尽くしていく。
煉の怒りに呼応し、炎は火力を増していた。
後方で、幽体の王女が悲し気な顔をしていたが、どこか諦めのついたような思いが感じられた。
「な、なあ、これはまずいんじゃねぇかっ!?」
「撤退……撤退します! 天使たち、壁になりなさい!!」
二人の熾天使は翼を大きく広げ、急加速で飛び去って行く。
その背を一心に見つめながら、煉は刀に紅い炎を纏わせ、頭上に掲げた。
「花宮心明流改〈紅炎・朱雀〉」
振り下ろされた刀から、巨大な炎の大鳥が解き放たれた。
炎鳥は翼を羽ばたかせ、背を向けて逃げる熾天使たちに迫る。
壁となった量産型天使は抵抗する間もなく一瞬にして灰と化す。
そして目前に迫った炎鳥は――。
「うあぁぁぁぁ――――!!!」
「きゃぁぁぁぁ――――!!!」
二人の熾天使を呑み込み、轟音を立てて爆ぜた。
熾天使たちの無残な悲鳴が、燃え盛る庭園内で響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます