第207話 圧倒的な差

「……どいつもこいつも、苛々させやがって……」


 そう言うウリエルの顔は笑っている。

 限界を超え笑ってしまうほど、ウリエルの怒りは募っていた。

 その隣で、ラファエルは何とかウリエルを抑えようとしているのだが、ラファエル自身もそれなりに苛立ちを感じているようだった。


「姉様。あのような挑発を真に受けてはいけません。そのような天使らしからぬ獰猛な笑みを浮かべては……」

「止めるんじゃねぇ! ラーフ、お前もイラついてんだろ? 魔人だかなんだか知らねぇが、少し身の程ってやつを教えてやる必要があるだろ。それ以前に今回の標的はあいつだ。なら、殺したって問題ねぇだろうが」


 既に大剣を構え、今にも飛び出しそうなウリエル。

 しかし、煉は目の前の天使たちに全く興味を示さず、後ろで倒れている仲間の心配をしていた。


「イバラ。あれ……使ったんだな?」

「……はい。ごめんなさい……」

「いいや。よく頑張ったな。俺の方こそ、少し遅れちまった。後は任せろ」


 イバラの頭に手を乗せ、煉は優しく微笑んだ。

 イバラは小さく「はい……」と呟き、顔を赤らめ俯いてしまった。


「セラ。アイトを頼む。絶対に死なせるな」

『人使いが荒いな~。私、幽霊なんだけど? ん? 幽霊だから、幽霊使いかな?』

「アホな事言ってないで、頼む」

『むっ。アホとはなんだ! 大魔法使いのこのセラ様に不可能はないんだからねっ!』

「……キャラ変わりすぎだろ。さっきの威厳はどこ行った」

『あんな堅苦しいの疲れるだけよ。元はただのお転婆王女なんだから。それよりほら、あっちの天使たち、かな~りお怒りよ。大丈夫?』


 幽体のセラミリスに言われ、煉はようやく天使たちへと視線を向けた。

 視線の先には顔を真っ赤にしたウリエルとより鋭くなった目で煉を睨みつけているラファエルの姿。


「律儀に待ってたんだな。こんな隙だらけだったっていうのに」

「不意打ちなどと、卑怯なことはしません。わたくしたちは熾天使として常に正々堂々と在るべきですもの」

「ふーん。正々堂々ねぇ……」

「なんですか、その目は? 何か言いたいことでも?」

「正々堂々とかいうわりに、俺の仲間痛めつけて人質にしようとしてたしな。随分と汚ぇ正々堂々だな」

「……天使であるわたくしたちをこうも苛つかせるとは。いいでしょう。そのうるさい口、黙らせて差し上げます」

「何でもいいから、さっさと――」


 煉が言い切る前に、ウリエルが動き出した。

 一瞬にして煉の目の前に現れ、真上から大剣を振り下ろしていた。


「おらぁ――!!」


 大きな衝突音が響き、激しい衝撃波で砂が舞い上がった。

 奇襲に成功したと思ったラファエルはニヤリと笑う。

 しかし、砂煙が晴れウリエルの姿を確認するとその笑みは驚愕の表情へと変わる。

 煉はウリエルの大剣を、深紅の炎を纏った右腕で受け止めていた。


「こんなもんか? 熾天使とかいうのは」

「片腕で……!? そんな馬鹿なことが!」

「これなら美香の方が全然強いな。弱い者いじめとか、あんまり好きじゃないんだが」

「くそっ! 馬鹿にすんじゃねぇぞ!!」


 ウリエルは一旦距離を取り、そして煉に向かって大剣を振り回した。

 そこに技術などはなく、ただ力任せで乱暴なモノだった。

 見かねた煉が思わず指摘してしまうほど。


「おいおい。そんなんで当たるわけないだろ。もっと頭使えよ」

「黙れ! あたしに指図すんじゃねぇ!!」


 聞き分けのない天使に、煉は大きくため息を吐いた。

 呆れた表情を浮かべた煉は、腰に下げた刀を抜き振り下ろされる大剣に合わせ、流れるような動きで刀を振った。

 気が付くとウリエルの体は仰向けに倒され、大剣は煉の近くに落ちてきた。


「――は? 今何が……」

「花宮心明流六の太刀〈流水〉」


 そこでウリエルは初めで思い知る。

 煉との圧倒的な技量の差を。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る