第204話 量産型大天使

「おらぁ!!」

「――っ!」


 目の前で振り下ろされたウリエルの大剣を、アイトがイーリスで受け止める。

 ぶつかり合う剣の衝撃で地面が放射状にひび割れた。

 お互いの膂力は互角……というわけでもなく、明らかにウリエルが手を抜いているようだった。


「……バカに……すんじゃ……ねぇぞ」

「そんなつもりはねぇが、弱い者いじめをするつもりもねぇ。お前にはこれで十分だろ。気に食わねぇってんなら……あたしに本気を出させてみろっ――!!」

「がはっ!」


 アイトの鳩尾をウリエルが蹴り上げた。

 咄嗟に後ろに跳び威力を弱めたはずだが、逃げしきれない衝撃に苦悶の声を漏らす。

 転がり込み態勢を立て直すアイトへウリエルは猛攻を仕掛けた。


「ちっとは楽しませてくれよ、なぁっ!!」


 ウリエルの雄叫びが響き渡る。

 それを見ていたもう一人の熾天使――ラファエルは盛大なため息を吐いた。


「はぁ……。ああなった姉様を御止めすることはできませんね。よろしいのですか? お仲間が死んでしまうかもしれませんが」

「御心配なく。こんなところでアイトさんは死にませんから」

「随分とお仲間を信頼なさっているみたいですね。その関係はとても尊いもの。人間の魅力に他ならない。わたくしたち天使にはない心です。だからこそご忠告差し上げているのですがね。その信頼が、仇とならなければよろしいのですが」


 困ったような笑みを浮かべ首を傾げてはいるが、ラファエルの声のどこにも気遣いという心はなかった。

 それよりもイバラは気になることがあった。

 そして不快感を滲ませつつ、ラファエルの後ろに佇む天使たちを指さした。


「……ところでそれ、何なんですか? 同じ顔が何人も……それに前にも見たことのあるような顔も」

「それ……ああ、これですね」


 ラファエルは近くに居た天使の首根っこを掴んで、イバラに見えやすいよう自分の前に掲げた。

 掴まれている天使は全くの無抵抗。それ以前に感情すら感じられない。

 まるで人形そのものだった。


「量産型大天使TYPE-ONE『イロウエル』。神の手によって一から生み出された大天使です。顔が違うのは、同じ顔ばかりでは飽きてしまうという神の御意思によるものです。以前アグニ・レンに壊された『イロウエル』は神の最高傑作。唯一自由意志を与えられた人口大天使でした。

 御自らの傑作を壊され、神はとても悲しんでおられました」


 そう言って、ラファエルはハンカチで涙を拭う仕草をした。


「量産型……? あんなのが大量にいるの……」

「ご安心ください。彼ほどの力は持ち合わせていません。〈邪竜顕現〉を使えない欠陥品ですから。ただまあ、わたくしたちの言葉には忠実なので、人間の兵士よりは扱いやすいですかね。

 それに……魔法の使えない今のあなたなら、これだけいれば十分でしょう。杖一本でどうするおつもりなのか。投降をオススメしますけどね」


 クスッと笑いながら右手を上げると、後ろに控えていた天使たちが一斉に槍を構えた。

 後は命令を下すだけで、数百の天使たちがイバラへと襲い掛かってくることだろう。

 しかし、ラファエルは気がかりなことがあった。


(恐怖や怯えはない、みたいですね。一体何を隠し持っているのやら)


 そう思ったのだが、特に気にすることでもないと切り捨て、ラファエルは右手を下ろした。

 すると、天使たちは翼を広げ飛び上がり、空からイバラへと突撃を開始した。

 対してイバラは、どこからか赤い液体の入った小さな瓶を取り出す。

 それを一息で飲み干し、小さく呟いた。


「――〈鬼血励起〉」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る