第203話 侵入者
宮殿の書庫にある文献は全て古代文字が使われていて読むことができない。
それにどうやら日記らしき本しか置いていなかった。
有力な情報としては少し弱いかもしれないが、何もないよりはマシだと思い書き写すことにした。
しかし、不意に不穏な気配を感じ私の手は止まる。
レンさんの身に何かあったわけではなさそうだ。
というよりも、死界全体に何か変化があったかのような……。
「嫌な感じ……仕方ないけど、ここで切り上げよう」
私は机の上に広げていた本とアイトさん作の魔道具のノートを仕舞う。
ついでに出来るだけ書庫にあった本を魔法鞄に詰め込んだ。
入りきらない本は書き写したものだけだから、特に問題はない。
鞄を肩にかけ、早足で書庫を出ると誰かとぶつかりそうになった。
「――うおっ!?」
「――ご、ごめんなさ……アイトさん!」
綺麗な金の髪が特徴的で、背中に精霊聖剣を背負い両手いっぱいに魔道具とノートを抱えた青年の姿。
宮殿に転移した時にはぐれた仲間と遭遇したのだった。
「おお、イバラちゃん。無事だったみたいだな」
「アイトさんも。ご無事で何よりです。何をしていたのですか?」
「結界を維持しているはずの魔法陣を解析してたんだ。とある部屋で全て管理されていてさ。そこで死界全体に張られている幾つもの結界を全て維持していたんだよ。そこで数時間ほど籠っていたんだが……突然半分ほどの魔法陣が消失したんだ。何かあったに違いないと思って急いで出てきたから、片付ける暇もなかったよ」
アイトさんは、楽しそうに早口でまくし立てる。
魔法好きなところは相変わらずみたいだ。
……もう少し落ち着いてほしいけれど。
「それなら、急いでレンさんを探しましょう。アイトさんと私がこうして合流できたんだからレンさんも」
「いや、レンとはまだ無理だ」
途端にアイトさんは真剣な表情を浮かべそう言い切った。
私の推測では、宮殿に張られた結界によって同じ場所にいるのに、まるで別空間に存在しているようになっていたのではないかと思っている。
錯覚を利用した結界。単純な魔法ではそんなことはできないだろう。
今こうしてアイトさんと合流できているのだから、その結界はなくなっていると思うのだが。
「俺とイバラちゃんとは別で、おそらくレンはこの結界を生み出した大元と対峙しているんだろう。誰にも邪魔されないように、ご丁寧に結界まで張ってたんだ。終わるまでレンは結界内に閉じ込められているはずだ」
「それじゃ……レンさんはまだ戦って……」
「ああ。俺たちはただ待つしかない。とはいえ、乱暴な侵入者がいるからそれの相手をしないとだな」
そう言ってアイトさんは宮殿の外に目を向けた。
窓の外は太陽の光で明るく照らされ、澄み渡った青空が広がっている。
そんな大空の下に、翼を生やし槍を携えた人形じみた同じ顔の天使の姿。
ざっと見ても数は数百を超える。
さらにその先頭には他の天使たちとは比べ物にならないほどの存在感を放つ赤と金の天使がいた。
二メートルほどの巨大な大剣を肩に担いだ赤髪の天使――熾天使ウリエル。
針のような細く鋭い細剣を腰に佩いた青い髪の天使――熾天使ラファエル。
かつてミミールで起きた大氾濫の時、レンさんの前に姿を現した天使たちだ。
それがなぜ今こんなところに……?
突然ウリエルが大剣を振りかぶり、思い切り振り下ろした。
「――アイトさん、伏せてっ!!」
「っ――!!」
ウリエルの大剣から出た衝撃波が、結界ごと宮殿の一部を吹き飛ばした。
かろうじて……いや、意図的に私たちのいる場所は避けたようだ。
「――おい! いるんだろうが! とっとと出てきやがれっ!!」
怒号のような叫び声が轟く。
別段魔力を込めているわけでもなく、ただ力任せに叫んだだけの声が宮殿を揺らすほどの衝撃を起こした。
「まったく……。姉様は考え無しにもほどがあります。先ほどの衝撃で死んでしまったらどうするおつもりだったのですか? かの魔人の居場所を話していただかなければならないのですからね」
「わぁーってるよ。だから、ちゃんとかげんしてるじゃねぇか。それに……あの程度で死ぬんなら、所詮そこまでの人間だったってだけだ。それはそれでつまんねぇがな」
「はぁ……。魔人アグニ・レンのお仲間二人とお見受けします。素直に彼の居場所を吐けば痛い目に遭わずに済みますよ。あなた方は対象外ですので。無意味な殺生は私も好みません」
天使の目的はやはりレンさんだったみたいだ。
それよりも気になることが多々ある。
アイトさんに視線を向けると、彼も同じことを思っていたらしい。
瞳に怒りが満ち溢れている。
私たちは顔を見合わせると、何も言わず天使たちの前に出た。
「あら。随分と聞き分けがよろしいのですね。では、彼の居場所を」
「お断りします」
「仲間は売らねぇ。知りたきゃ自分たちで探せよ」
「……はぁ」
ラファエルは盛大にため息を吐いた。
その隣でウリエルが目を輝かせている。
「……へぇ。いいじゃん。そうでなきゃ面白くねぇ……なっ!!」
獰猛な笑みを浮かべ、ウリエルは私たちへと真っ直ぐに向かってきた。
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