第202話 vs 毒女帝
「――うおっ!?」
『あっはは。逃げ回るだけ? それじゃ面白くないなぁ』
女帝の魔法は、現代の魔術師とは比べ物にならないほど強力な上、陣も詠唱もないから発動地点やタイミングの予測もつかない。
正直甘く考えすぎていたみたいだ。なんだかんだ言っても相手は魔法使い。
魔法を回避して近づけばなんとかなると思っていた。
思いもよらぬところか魔法が飛来し、ギリギリで躱すのがやっとで近づくことさえままならない。
必死に逃げ回る俺を、上から楽しそうに眺めている女帝に少しイラっとする。
予想以上に体力を消耗し荒い息を吐いていると、女帝が拍子抜けしたように言ってきた。
『うーん。最初の威勢は何処に行ったのやら。もう少しやると思ってたんだけど、期待外れだったみたい』
「……はぁ……っ……うるせぇ……」
『魔法が使えないってだけでこんなに弱くなっちゃうなんて。今までどれだけ魔法だよりでいたかよくわかったね。それとも……愚か者たちに与えられた『スキル』で満足しちゃったのかな?』
「っ――なめんなっ!!」
抜刀し女帝に向かって真っすぐに駆け出す。
女帝は魔法で牽制することなく、ただ突っ込んでくる俺を見据え杖を構えるだけだった。
そして巧みな杖術で俺の刃をいなしていく。その間も女帝の口は動き続けていた。
『これは大賢者君も知っていたから、私の記憶にも残っていることだ。
あの愚か者たちは、神を自称し支配者気取りで天上世界に君臨した。天上世界とは元々神が住むような場所ではない。ただ空にも生命が存在し、そこで暮らす人たちがいるというだけだった。天人と呼ばれる人たちのことさ。しかし、あいつらが我が物顔で天上世界に居座るから、天人は奴らに抗議を申し立てた。争いごとを嫌う彼らが、だ。
それを奴らはどうしたと思う? 戦意のない彼らを一方的に虐殺した。それも目にするのも嫌になるほど残虐な方法でね。それ以来、天人は天上世界を離れとある聖域に隠れ、表舞台から消え去った。まったくもって酷い奴らだよ』
杖に込められている力から、女帝の怒りが伝わってくる。
表情には出していないが、内心は相当怒りを溜めているようだ。
『それから奴らは天上世界に住み着いたことで世界を手中に収めたと勘違いしている。今もずっとだ。庭園に籠っていてもそれくらいは分かる。
それで、支配者面した奴らは何をしたと思う? 君のある程度は想像できているだろう?」
「……人間の管理体制を作った」
「その通り。君も持っているんだろ? ステータスカードだよ。全ての人間の力を定めることで、人を管理したんだ。
自分の持つ力が分かれば、人はそれに縛られる。他の可能性に見向きもせず、ステータスカードに書かれたスキルとジョブで人の価値が決められるようになった。
なんて……なんてつまらない世界になったものだ!
人に与えられた力で満足し、自分の可能性を広げようともしない。スキルとジョブ、たったそれだけの力で人間の価値が決められてたまるか!
男だけの特権だからと言って、どうして魔法を学んではならない! 女だからとなぜ男の後ろで笑みを浮かべていなければならない!
そんなものに何の意味がある!? 私の価値を勝手に決めつけるな!!』
女帝の叫びが魔力の波動となって空気を震わす。
思わぬ衝撃に俺の体も吹き飛ばされてしまった。
態勢を立て直し顔を上げ前を向く。
女帝は大粒の涙を流しながら話し続けていた。
『……だからこの庭園を造った。誰にも邪魔されず、ただ私と私の大切なモノが幸せに暮らせる理想郷を。
そのためには邪魔なモノは全て切り捨てた。忌々しいカードも、偉そうに魔法を語る男たちも、私の魔道を邪魔するうるさい貴族たちも、全て疫病と偽った呪いをかけ、処分した。
国民にまで影響が及んだのは私の力不足。彼らに許してほしいとは言わない。
だって……私の理想郷は完成しているのだから』
狂気に歪んだ笑みを浮かべたその姿は、まさに記録の通りにあった「狂乱の毒女帝」そのもの。
激しい魔力の鳴動で空間が揺れている。
黙って話を聞いていた俺は、何も言わず刀を女帝に向け一言。
「まるで――子供の癇癪だな」
『……馬鹿にしているの?』
「うだうだといろいろ理由つけてるみたいだが、ただ思い通りにならないのが我慢ならなかっただけだろうが。
今の話聞いてようやく違和感が解けた。あんた、見た目通りの子供だったんだな。『狂乱の毒女帝』とか言うからどんな奴かと思ったんだが、びびって損したわ」
「何言ってるの。私の魔法に手も足も出ず、もう限界なくせに」
「確かにあんたの魔法は凄いさ。今の俺じゃどうにもならない。――だからどうした?」
俺は刀を構え、大きく息を吐き毅然とした態度で言い放つ。
「こんなもん大したことねぇよ。限界くらいいくらでも超えてやる」
「……そう。口だけの男はつまらないよ」
「口だけじゃないってこと、証明してやるさ。あんたを成仏させてなっ!!」
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