第200話 魔法使い

 広い宮殿内を闇雲に探し回るのは、さすがに骨が折れる。

 一時間もしたところでそう思った。

 いつも魔力感知に頼っていた弊害だろう。

 もしかしたら、気配で感知できるのかもしれない。

 そう思い意識しているのだが、やはり難しい。

 物語の主人公のようにはなれないみたいだ。


「……それにしても、ここどこだ?」


 あてもなく歩き回っているから、自分がどこにいるのかさえ分からなくなってきた。

 さっきは巨大な調理場だったな。

 古代の宮殿と聞いていたからもっとボロボロなのを想像していたのだが、意外とそうでもないらしい。

 魔法の影響か、今もここに人が住んでいてもおかしくない程度には綺麗にされている。

 食材は一切なかったけれど。


「……そう言えば、死界でまともな食料を見たことないな」


 今思えばありえないことだ。

 宮殿の外、庭園の管理を任されているらしい人たちは、推定でも五百人ほどはいたはずだ。

 それなのに、食料らしきものは庭園のいたるところで実っている果実のみ。

 しかも、管理人たちはその果実を手に取る様子すらない。

 まるで庭園内の果実は木に生っていてこそ、とでも言うかのように。

 その在り様が正しい姿だと言わんばかりに。


「……そう考えると、俺の推測はあながち間違いじゃないかもな」


 最初に管理人の一人と握手を交わした時から疑問に思っていた。

 体温も感触も、何も感じなかった。

 俺は一体何と握手を交わしたのかと、数時間考え込んでしまったほどだ。

 おそらくあれは、魔法によって生み出された幻影。

 幻が触れられる実体と自由意志を持って存在している。

 この空中庭園の創設者、古代シアリッラの姫セラミリス。

 とある太古の文献に辛うじて残されている、最も有名な最古の魔法使い。


「大量の魔力を代償に、自分の望むがままに現象を引き起こす御伽噺の存在、か……」


 この世界では、魔法を扱う者の呼称は大まかに三つに分けられている。

 一般的なのは「魔術師」だ。

 少ない魔力で効率的に魔法を使用する者。大抵は魔法陣によって制御しなければ魔法を使えないのだが、中には詠唱だけ、もしくは詠唱と魔法陣の両方を必要とするものもいるらしい。

 イバラは魔法陣さえあれば大抵の魔法を扱うことができる。

 もっと高位の魔術師なんかは、魔法陣すら必要としない者もいるそうだ。

 その代表格として有名なのが、SSランク冒険者の「破滅の魔女」だ。


 そして「魔法士」。

 魔法陣や詠唱を必要とせず、自分のイメージのみで魔法を扱い者。

 こう聞くと意外と自由に感じるかもしれないが、実際そうではない。

 大量の魔力を必要とし、さらには自分で扱えるのは限定的な一部の魔法のみ。

 これに当てはまるのは、大罪魔法のような特殊な魔法を有する者だ。


 最後に「魔法使い」

 これは御伽噺の存在と認識されている。

 こうして空中庭園に来なければ、俺もそう思い続けていただろう。


「もし、そいつがここにいるのなら……かなりヤバイことになりそうだな」


 魔法使いが相手になることを想像し、俺は少し身震いした。

 この震えがただの武者震いであることを信じて、目の前に現れた巨大で豪奢な扉を押し開けた――。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る