第197話 穏やかな森林浴
心地よい揺れと安心する匂いを感じ、イバラは身じろぎをした。
魔力の使いすぎ故か、未だ頭がぼんやりとしている。
分かるのは誰かに背負われている感覚。
だんだんはっきりと見えてきたのは見覚えのある密林の景色と、これまでずっと見てきた深紅の髪だった。
景色の流れは遅い。どうやらゆったりとした速度で歩いているようだ。
そして、ようやく自分がどういう状況に置かれているか理解する。
「――起きたか?」
突然かけられた声に体がビクッっと反応する。
恐る恐る顔を上げると、肩越しにイバラを見る煉と視線が合う。
今のイバラは煉に背負われていたのだった。
「ご、ごご、ごめんなさいっ! もう、大丈夫ですから! 降ろしてください!!」
自分の状態を理解したことで、遅れて羞恥心が襲い掛かってくる。
赤くなる顔を何とか隠し、イバラはじたばたと煉の背で暴れていた。
「おっと……暴れんなって。魔力使いすぎて倒れたんだろ? まだそんなに回復してないんだから、大人しく背負われてろ」
「でも……」
「そうだぜ、イバラちゃん。危うく衰魔症で死にかけたんだからなっ! 急激な魔力消費には気を付けなきゃだめだぞ。まあ、魔術師のイバラちゃんなら分かってるとは思うが」
衰魔症とは、急激な魔力の消費や枯渇により体が衰弱し、最悪死に至ってしまうこ症状だ。
衰魔症に陥った場合の対処法として、魔力回復薬や他人からの魔力の譲渡で自身の魔力をある程度増やし、回復魔法をかけることで治る。
こう言うと意外と簡単に治るの思うが、魔力回復薬はとても高価な上希少な薬である。
さらに、他人の魔力を譲渡するにもかなりの魔力制御技術がいる。
高位の魔術師が身に着ける技術というのが世間の認識だった。
それ故、意外と衰魔症による死者は絶えない。
イバラは自分がそうなっていたと聞いて、思っていたよりも衰弱していたことを理解した。
実際に体を動かそうとも思うように動かせなかったことに気づく。
そして、自分が迷惑をかけてしまったと反省し、しょんぼりと肩を落としていた。
「気にすんなって。イバラが頑張ってくれたのはちゃんとわかってるから。まあ、無理したのは良くないが……何にせよ――頑張ったな。お疲れさん」
煉の言葉に、イバラは思わず涙ぐむ。
何より煉にそう言ってもらえたことが、イバラにとっての喜びだった。
「それに、なんか魔力量も増えてるみたいだしな。なんかあったか?」
「魔力量が、増えてる……?」
「何て言うか……イバラの中にある魔力の器みたいなのが大きくなってる、ような……?」
「あー。それは俺も思った。イバラちゃんの保有魔力量の限界値が上がってるみたいなんだよな」
「……そうなんですか?」
「実感ないか?」
「まあ、今は魔力が枯渇気味だからな。ちゃんと休んで、回復したらわかるさ。最低でも一・五倍くらいにはなってるんじゃないか」
それを聞いてイバラが重い浮かべたのは、かつて森で遭遇した一体の巨狼の姿。
その時のイバラでは契約を結ぶのに魔力が足らず、いつか迎えに行くと約束したのだ。
その目標に近づいたような気がしたイバラは、無意識に拳を握りしめた。
「そう言えば、ここでは何も起こりませんね」
「いや、もう起こった後だぞ。上を見てみろ」
「えっ……――」
煉に言われた通り、上を見上げたイバラは言葉も出ないほど感嘆していた。
うだるような暑さが消え、天を遮るほど生い茂った樹々は陽光の通り道を開けていた。
樹々の隙間から差し込む太陽の光が密林を照らし、幻想的な光景を生み出していた。
「気分が良いだろ? たまには森林浴も悪くないな」
そう言って優しく笑う煉の顔に、イバラは見惚れてしまう。
三人は穏やかな森の中をゆっくりと散歩して、元の温泉へと戻って行ったのだった――。
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